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淡い13歳の一目惚れ

作者: KMMK
掲載日:2026/02/11

何十年経っても思い出す。

三十五歳になった今でも、ふとした瞬間に思い出すことがある。


特別な記念日でも、何か大きな出来事があった日でもない。


ただ、日曜の午前のやわらかな光や、静かな住宅街を歩くとき、理由もなく胸の奥がざわつくときに、あの十三歳の記憶が、ゆっくりと浮かび上がってくる。




もう二十年以上も前のことなのに、不思議なほど色あせない。




中学に入学してすぐ、僕は一目惚れをした。


隣の小学校から来た、平川ゆみという子だった。




少し茶色がかった髪は、当時の中学生の中では目立っていて、「染めてるんじゃないか」なんて噂されていた。


テニス部で、いつも友達に囲まれていて、笑い声の中心にいるような存在。


いわゆる一軍女子だった。




僕とは、最初から住む世界が違うように見えた。


それでも同じクラスになり、席が近くなり、係の仕事やグループ活動で言葉を交わすうちに、少しずつ距離は縮まっていった。




彼女は誰に対しても自然で、特別扱いをしなかった。


そのことが、余計に僕を勘違いさせたのだと思う。




あの頃の僕は、感情を抑えるということができなかった。


好きになったら、それだけで世界が傾いてしまう。


頭で考えるより先に、気持ちが前に出てしまう少年だった。




携帯電話は持っていなかった。


連絡先も知らない。


それでも、家は知っていた。


同じ学区で、わりと近所だったからだ。




だから僕は、よく遠回りをした。


買い物の帰り道に、わざと彼女の家の前を通る。


用事がなくても理由を作り、そこを通った。




今なら、軽いストーカーだったなと思う。


けれど当時は、そんな言葉も意識もなかった。


少しでも姿が見られたらいい。


ただ、それだけの淡い期待だった。




その延長線上に、あの日曜日の午前があった。




日曜の午前なら、きっと家にいる。


そう思って、早めに家を出た。


今日でなければならない理由なんて、どこにもなかったのに。




彼女の家の前で、何度も行ったり来たりした。


呼び鈴の位置を確かめては歩き出し、また戻る。


そして、ついに呼び鈴を押した。




玄関から、彼女が出てきた。


二人で、玄関の前に向かい合う。




沈黙。




日曜の午前の静けさが、心臓の音をやけに大きくした。




「……どうしたの?」




彼女はそう言った。


けれど、その声の時点で、もう分かっていたのだと思う。


言葉より先に、空気が答えを持っていた。




僕は、何も前置きができなかった。




「……好きです。


付き合ってください」




短くて、逃げ場のない言葉だった。




彼女は少し目を伏せ、ほんの間を置いて言った。




「……ごめんなさい」




十秒も、経っていなかったと思う。




胸が痛んだというより、急に現実に引き戻された感覚だった。




「ごめんね。急に。


……またね」




そう言って、僕はその場を離れた。


振り返らず、逃げるように帰った。




帰り道の記憶は、ほとんど残っていない。


気づいたら、自分の部屋のベッドに寝転がって、天井を見つめていた。




なぜ今日だったのか。


なぜ家まで行ったのか。


なぜ、あんな言い方しかできなかったのか。




後悔だけが、静かに積もっていった。




告白のあとも、彼女は変わらなかった。


学校では、これまで通りに優しかった。


何もなかったかのように、普通に接してくれた。




同じ班になったこともある。


恋愛の話題になり、告白は自分からする派か、しない派か、そんな話になった。




そのとき、彼女は僕を見て言った。




「○○なら、自分から告白できるよね」




からかう調子ではなかった。


本心で言っているように聞こえた。




それがまた、僕を勘違いさせた。




振ったくせに、そんなこと言ってくるなよ。


心の中で、そう呟いた。




よく、そこまで覚えているものだと思う。


声の調子も、教室の空気も、今でも思い出せる。




三十五歳になった今でも、気持ちを抑えられない瞬間がある。


形は変わったけれど、本質はあまり変わっていない。




理屈より先に、心が動いてしまう。


止めたほうがいいと分かっていても、止まれない。




そんなとき、二十年以上も前の告白を思い出す。


日曜の午前の静けさ。


玄関前の沈黙。


「ごめんなさい」という一言。




あれは、恋が終わった記憶ではない。


自分の弱さを、初めて知った記憶なのだと思う。




今でも、胸の奥で、十三歳の僕は静かに立ち尽くしている。


そしてたぶん、この先も、完全に消えることはない。

きっとこれからも忘れないだろう。

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