第05話:マヨネーズ
「……何やってんのよ、この馬鹿は」
『マヨネーズ! マヨネーズがないと死ぬ! 誰か持ってきてくれ! 5万払うから!』画面の中では、IRL配信者のGAMIが絶叫している。
彼はデリバリーアプリの注文画面をカメラに見せつけ、チップ入力欄に『50,000』と打ち込んでいるが、赤いエラーメッセージが無情にも弾き返していた。
《チップが注文金額に対し高すぎます》
『はああああ!? ふざけんなよ! 俺は金払うって言ってんだよ! なんで拒否すんだよこのクソアプリ!』GAMIがダンジョンの草むらを転げ回っている。
「当たり前でしょ。マネーロンダリング防止のために、チップには上限があるのよ。300円のマヨネーズに5万円のチップなんて、システムが通すわけないじゃない」
『くそっ! どうすりゃいいんだよ!』
【コメント欄】
:商品単価上げろって
:ドンペリ入れろ
:いやコンビニにドンペリねえよw
:システム外でやれ
:誰か行ってやれよ
(視聴者数:10,809人 ↗)
『もういい! 直接持ってきてくれた奴に5万払う! 早い者勝ちだ! 今からここに連絡くれ!』
【コメント欄】
:テレグラム
:QR晒せば
:w
:テレ
:ユーザー名タップ→
: QRコードをタップで晒せ
:まじか
:早い者勝ちw
(視聴者数:10,798人)
「……馬鹿じゃないの」早い者勝ち? そんなリスク、誰が負うか。ここから海ほたるまで向かって、僅差で負けました…なんてことになったら、目も当てられない。確約がなきゃ、動けない。
……でも、5万だ。
今の私の懐事情を考えれば、喉から手が出るほど欲しい金額。私は決断した。——交渉、するか……。私はスマホのバックグラウンドでボイチェンアプリを立ち上げた。設定は【男性・低音・ノイズ除去】。QRをキャプチャして、テレグラムの通話ボタンを押す。
☎︎「あ、どうも。マヨネーズ配達しますよ」
☎︎『本当!今すぐ来てくれる?で場所は…』
☎︎「場所は知ってる。でも条件が……」
☎︎『と、いうと?』
☎︎「PayPayで前金で3万円送れます?」
☎︎『はぁ…先払いすか?
持ち逃げしない保証って…』
☎︎「なら、他をあたって」
☎︎『……わかった。ID教えて。
裏切ったらID晒すけどいい?』
☎︎「いいよ」
《PayPay♪》
☎︎「入金確認しました。
……今から行くから」
金は取った。もう後戻りはできない。持ち逃げすれば、ネットの特定班に追い回されるのは目に見えている。
届けるしかない。
私はローソンで買ったマヨネーズ一本をバッグに放り込み、電動自転車のペダルを踏み込んだ。風が唸っている。荒川を越え、葛西の街を駆け抜ける。だが……旧江戸川にかかる浦安橋への登り坂。
「……あ」
バッテリーが切れた。電動アシストのない電動自転車は、——重い。とにかく重い。海ほたるまで、あと20キロ以上。この鉄塊を押して歩く?
「ないわ」
迷っている時間はない。スマホを取り出し、タイムズカーシェアを起動。現在地検索——ある。割と近くにあるじゃん、ステーションが……予約ボタンをタップ。確保完了。
「ごめんね」
私は愛機のチャリをガードレールに地球ロックした。カーシェアステーションまで急いで歩いて、会員カードをかざして、運転席に滑り込み、エンジン始動。スマホをホルダーにセットし、再びボイチェンを起動して通話ボタンを押した。
☎︎『あ、はい! もしもし!』
☎︎「あ、どうも。
…マヨネーズの件なんですけど」
☎︎『あ、はい』
☎︎「ちょっとトラブルがありまして、なんで、今レンタカー借りましたんで、これから向かいます」
☎︎『あ、了解です! 全然! 全然待つんで! いやほんと、気をつけて来てください!』
☎︎「はい、じゃあまた着いたら連絡します」
☎︎『失礼しまーす!』
——プツッ。
……何やってんだろ、私。道は空いている。このペースなら、意外と早いかも。待ってなさい、——マヨネーズ男。最高のマヨネーズを届けてあげるから。
(第5話 完/第6話へ続く)




