第19話:【初見歓迎】ダンジョンで泡風呂入ってみた(ポロリはないよ)
【ミサキのログハウス】
湯気が立ち上るバスルーム。猫足バスタブには、なみなみと注がれたお湯と、たっぷりの泡。私はカメラに向かって、優雅に手を振った。
「はーい、というわけで。今日は新設したバスルームからお届けしてまーす。水着姿でごめんね〜」
◇
一方、そのころ……隣人のガミは、薄暗い部屋で膝を抱えていた。
【コメント欄】
:1
:2
:③
:2
: わこ2
:枠乙
:今北枠乙
:ミサキちゃん始まった
:また来る枠乙
:ミサキはじまた
:バイバイ
(視聴者数:6人↘︎)
GAMI:……だれも、いない。
彼の目の前のモニターには『視聴者数:6人』の文字。かつて万単位のリスナーを抱えていたGAMIチャンネルは、見る影もなく過疎化していた。
GAMI:俺のリスナー、みんな隣の風呂に行っちまった……。しょうがない、ミサキさんの放送の同時視聴枠でも開くか……
◇
《来場者数が30,000人を突破しました》
《ランキング入り: カテゴリ:総合で1位にランクインしました》
【コメント欄】
:うおおおおお風呂回きたああああ!
:画質良すぎワロタ
:⚫︎REC
:ガミ監視中
:自宅の風呂で水着きるなーー!
:ミサキちゃん肌きっれ!
:これどこのホテル? 内装がガチすぎる
:同接3万人超えてるのにヌルヌル動くぞ!?
:サーバー増強した?
(視聴者数:30,998人↗︎)
『ふふっ。いい湯加減。配信ツールもイイ調子!やっぱり、一日の終わりはこうでなくちゃね』
◇
【立川広域防災基地・大規模災害対策本部内 危機管理センター立川運用室】
薄暗い執務室の片隅、業務の一環という名の元、京極は一人でミサキの配信を監視していた。
「この露出狂め!脱税した金で遊びやがって!」
スマホでちまちまと「脱税犯」「公序良俗違反」と打つ京極。彼の首筋には、汗と脂の不快な感触がへばりついていた。……なぜだ。なぜんだ・・・私は国家公務員I種だぞ。なぜ脱税逃亡犯が優雅にバスタブで、私はギャツビー 汗拭きシートなのだ……?
——圧倒的な「生活の質(QOL)」の敗北。
京極がギリリと割り箸をへし折った時、携帯が鳴った。(株)荒井注テクノロジーの営業部長、乙野からだ。
☎︎『あ、京極様! 先ほどの件ですが……!』
☎︎「どうなった。木島のバイクに取り付けたAirTagは」
☎︎『そ、それが……バレました』
☎︎「は?」
☎︎『……位置情報が、国道沿いの産業廃棄物処理場のトラックの上を移動してまして……どうやら捨てられたようで……』
京極は眉間を押さえた。そうだ、今のスマホはセキュリティが優秀すぎるのだ。ストーカー紛いの追跡は、OSレベルでブロックされる。
☎︎「探偵をからのレポートはどうだった? 奴が消えるポイントは特定できたのか?」
☎︎『は、はい、東京湾アクアライン……その木更津側です』
☎︎「やはり、ウラヌスか……」
真正面から堂々と入っているということは、そこが正規の入り口なのだろう。
☎︎「……車を回せ。私も行く」
☎︎『えっ、京極様もですか!? 今から!?』
☎︎「そうだ。今からだ」
◇
【東京湾アクアライン連絡道】
「行くぞ。奴らはここを通ったはずだ」
二人は、ウラヌス、巨大な光の膜の中へと消えていく。
一歩、足を踏み入れる。
——と、その瞬間だった。
潮の香りが消えた。
「……おい、乙野。ライトをつけろ」
「は、はい!」
スマホのライトが照らし出したのは、森だった。鬱蒼と茂る、深く、冷たい森が、どこまでも続いていた。
「な、なんですかここ!? さっきまで海のど真ん中でしたよね!?」
「狼狽えるな乙野! これが特異点内部か……。しかし、妙だな」
京極は肌寒さに身を震わせた。あのガミとかいう配信者も千代乃も常春かの様子だったのに…… だがここは、冷蔵庫のように寒い。そして、重苦しい。
「進むぞ。この先に奴らがいる」
二人は森の奥へと進んだ。しかし。
「……おい、乙野。さっきこの木、見なかったか?」
「え? いえ、まさか。一本道ですよ?」
進んでも、進んでも、景色が変わらない。GPSを確認するが、『圏外』の表示。方向感覚が狂う。上下左右が曖昧になるような、奇妙な浮遊感。ビジネスシューズが泥に足を取られ、何度も転倒しかける。
「くそっ、どうなっている! 出口はどこだ!?」
ミサキたちが「ポカポカ陽気」の中でパスタを食べているその裏で、彼らは「拒絶された森」を這いずり回っていた。そして――。フッと視界が晴れたかと思うと、二人は硬い地面の上に立っていた。アスファルトだ。目の前には、見覚えのある「立入禁止」の看板と、フェンス。最初に入った、「入り口」だった。
……戻って、きた……?
京極は、泥の塊と化した革靴を見つめ、愕然とした。ただの迷子ではない。空間そのものが、外部からの侵入を拒絶している。まるで、「資格なき者」を弾き出す結界のように。
◇
【ダンジョン:ミサキの拠点】
そんな追っ手の苦労など知る由もなく。ミサキは風呂上がりのバスローブ姿で、ベッドに寝転がっていた。彼女が眺めているのは雑誌『MODERN LIVING』。
んー。やっぱ、家具がチグハグね。前の1Kから持ってきたパイプベッドとかカラーボックスじゃ、せっかくの新居が台無しだわ。
ページをめくると、海外のリゾートホテルの特集が目に留まった。テラコッタ風の、素焼きタイルの床。ひんやりとして、素足で歩くと気持ちよさそうだ。
これよ。この床にしたい。今の床材はただの杉板だし、水回りはやっぱりタイルよね。ミサキはスマホを取り出し、LINE通話を発信した。
☎︎「あ、もしもし木島くん? お疲れ。ちょっと頼みたいんだけど。(中略)あ、そうなの…まだ無理……ギックリ……うんわかった……お大事に」
……チッ。はぁ。……しょうがない。こっちで、作るか。
(第19話 完/第20話へ続く)




