第02話:街から人が消えた日
東京湾に謎の巨大構造物が出現してから、3日が経過した。政府は直ちに「緊急事態事態宣言」を発令。湾岸エリアを中心とした一帯が封鎖区域となり、都民には不要不急の外出自粛が要請された。——そして、街から人が消えた。
《リクエストを受信しました。報酬¥1500》
普段なら「ミツオ」——たった320円で買い叩かれている案件が、今日は桁が違う。
「稼ぎ時……なんだけど」
私はペダルを漕ぎながら、空を見上げた。違和感が、拭えない。今は14時のはずだ。なのに、空の色は既に夕暮れ時の茜色を帯び始めている。朝、家を出てからまだ数件しか配達していない感覚なのに、もう日が傾いている。
信号待ちで、横に並んだバイク便の男が声をかけてきた。ワークマンのイージスを着込んだ、木島だ。
「お姉さん! 今日ヤバくないっすか? もう3万いきましたよ!」ヘルメットのシールド越しに、興奮した目が覗いている。特需に浮かれているようだ。
「……ねえ、木島くん」
「ん? なんすか?」
「きみ、今何時だと思う?」
木島は不思議そうにスマホを見た。「えーと、14時……うわっ!? もう16時過ぎてんじゃん! え、マジで? 俺のスマホ壊れてね?」
「壊れてないわよ。私の時計もそうだから」
やっぱり、おかしい。忙しいから時間が早く感じる、なんてレベルじゃない。物理的に、太陽の動きが早まっているとしか思えない。
「ジャネーの法則じゃ説明つかないっすね」
その日の深夜。疲れ切った体で帰宅した私は、いつものようにIRL配信者・GAMIのチャンネルを開いた。彼は封鎖区域ギリギリのビルの屋上から、超望遠カメラで『ウラヌス』と呼ばれる、あのドームを定点観測していた。
『おいおい、見ろよこれ……』
配信画面に映し出されているのは、東京湾を覆う半透明のドームだ。その表面には、天王星の環のような「縦の輪」が発光している。GAMIがカメラのズーム倍率を上げる。
『この縦の輪……回ってやがる。
しかも、少し傾いてねえか?』
確かに、光の輪はゆっくりと、しかし確実に回転していた。その形状は、巨大な観覧車のようにも見える。コメント欄が流れる。
【コメント欄】
:カイロスの時計かよ
:中と外で時間の流れ違ったりしてw
:人類おわたorz
:SF乙
:よくできたCG
:AIが作りますた
:GAMI行ってこい
(視聴者数:6,203人 ↗)
ふと、コメントの一つに目が留まった。——中と外で、時間の流れが違う。私はハッとして、窓の外を見た。あのドームの中は、今どうなっているのだろう。外の世界では、こんなにも時間が滑るように消えていくのに。もしかして、奪われた時間は、あの中に吸い込まれているのではないか?
——ブブッ スマホが震えた。
《京極レンからメッセージ》
[LINE]
:悪い、まずい事になって、イージスが。
:正直助けて欲しい。君の力が欲しい。
:頼む m (_ _)m
:一段落したら今度♨︎行こ(*゜▽゜*)'・*:.。..:
——京極 蓮。内閣府、政策統括官(防災担当)付企画官。次世代防災システム『イージス※』の統括責任者。そして、私のかつての「恋人」だった男。何なの?この適当な絵文字は……私はスマホの電源を切った。『まずい事』って、窓を開けて空を見れば誰でも解るわよ。
※A.E.G.I.S.(イージス)Advanced Estimation for Global Integrated Safety
(第2話 完/第3話へ続く)




