第18話:★★★★★ パルクール配達員
【ミサキのログハウス・バスルーム予定地】
スケルトンたちが壁をぶち抜いたあと、ミサキはガミから譲り受けた『アイテムボックス』のチートスキルを活用していた。
すごいわね、これ。
完全にサンドボックスゲームのUIじゃない……指先ひとつで、「壁材:防カビ加工ヒノキ」を選択し、空間にドロップする。
——シュバババッ! 光の粒子が舞い、何もない空間に美しい木目の壁と、タイル張りの床が一瞬で生成された。
ガミが言った様に、本当に釘一本、トンカチ一振りの必要も無かった。DIY(ダイナミック・一瞬で・やる)。……まあ、楽でいいけど。
そして、部屋の中央に設置するのは、先日木島くんたちが死ぬ思いで運んできた「猫足バスタブ(鋳物)」だ。ズドン、と重厚な音がして、優雅なバスルームが完成した。
——よし、ハードウェアは完成。次はソフトウェアの宿題ね。リビングに戻り、タブレットを手にしたら、ガミが嘆いていた配信ツールのソースをAIに解析させて……対策を提案させる。
同時接続28,000人の壁……。
原因はポート枯渇と、非効率なコネクション維持処理かな。ガミの魔力不足じゃなくて、問題は設計思想だよ。
コードの修正を指示。『以下のコードのコネクションプール処理を最適化。epollを使ってノンブロッキングI/Oに、この無駄な再帰処理を消して、etc』しばしトライアンドエラーを繰り返したら、修正パッチを適用し、ビルドを通す。
——完了。これで理論上は青天井よ。あとは負荷テストだけど……一気に人を集めるには、強力なフック(釣り餌)が必要ね。タイトルは、
〜【初見歓迎】ダンジョンで泡風呂入ってみた(ポロリはないよ)〜
これでどうかしら…… これなら良いテストができるはず。
◇
【東京:木島のボロアパート(1DK)】
「あだだだだだ……!!」万年床の上で、木島が芋虫のように悶えていた。腰に巻かれたコルセットが痛々しい。原因は明白だ。前回の「猫足バスタブ(鋳物総重量100kg超)」の運搬である。
木島:す、すんません……俺が情けないばっかりに……。これじゃ今日の稼働が……家賃が……。木島の瞳から涙がこぼれる。その枕元に、巨大な影が落ちた。バーサーカー(通称:バーさん)だ。
バーサーカー:■■、■■■。(俺が行く。寝てろ)
低い唸り声と共に、バーさんは巨大なウーバーバッグを背負った。その背中が、やけに小さく見える。
木島:バ、バーさん……! アンタ、まだ地図も読めないのに……! いいんすか? やってくれるんすか?
バーサーカー:グルルッ!(親指を立てるサムズアップ)
◇
【東京:オフィス街】
コンクリートジャングルを、蛍光イエローの弾丸が疾走していた。木島のイージスを着るバーサーカーである。彼の脳内に、「道路交通法」や「右折禁止」といった概念は存在しない。あるのは、「現在地」と「目的地」を結ぶ、最短の直線のみ。
「■■■ーーッ!!」
バーさんは咆哮と共に地面を蹴った。ガードレールを飛び越え、雑居ビルの非常階段を駆け上がり、屋上から隣のビルへと跳躍する。パルクールなどという洒落たものではない。ただの、筋肉による重力への反逆だ。
【タワーマンション:玄関前】
——ピンポーン。インターホンを押し、バーさんは商品をドアノブに掛ける。そして、配達完了の証拠写真を撮るためにスマホを構えた。
「……(ニィィィッ)」
バーさんは、商品の横に自分の顔を並べ、限界まで口角を上げた。本人は「親愛の情」を示しているつもりだが、その形相は「獲物を仕留めた直後の捕食者」にしか見えなかった。
——カシャッ。[送信]
『お客様からの評価:★★★★★ コメント:配達予定より20分も早く着いた。ドアスコープから見たら配達員さんが鬼の形相で笑ってて怖かったけど、スープが全然冷めてなかった。プロ意識を感じた』
◇
【東京:コンビニ前】
夕暮れ時。配達の合間の休憩中、バーさんはコンビニの雑誌コーナーで立ち読みをしていた。手にしているのは『月刊ボディビル』。彼は、誌面のミスター日本のポージングを、喰い入るように見つめていた。
その視線の熱量が、凄まじかった。
瞬きもせず、呼吸すら荒く、雑誌(紙)に穴が開くほどの眼力で筋肉を見つめる大男。その背中からは、隠しきれない闘争本能がオーラのように立ち昇っている。
「……あのー、すいません」背後から声をかけられた。警察官だ。
警官:ちょっと、お兄さん。……目が、すごいことになってるけど。大丈夫? なんかこう、今にも何かを破壊しそうな雰囲気出てるんだけど。
バーサーカー:……?
(バーさんはゆっくりと振り返った。その目はまだ、興奮で血走っている)
警官:うわっ、すごい圧……! 君、持ち物検査させてもらっていい? カバンの中に、ダンベルとか凶器とか入ってないよね?
バーさんは首を傾げた。ただボディビルを見て感動していただけなのに、なぜか包囲されそうになっている。その様子を、遠くから見つめる男がいた。
(株)荒井注テクノロジー・営業部長、乙野(59)である。
京極の命令で「高田千代乃」の足取りを追い続け、心身ともに限界を迎えていた彼は、缶コーヒー片手にたまたま通りかかったのだ。
(……なんだ、あのデカいのは。揉め事か……?)乙野は立ち去ろうとして――足を止めた。男が背負っているバッグ。そして、パツパツの蛍光ジャケット。何より、あの常人離れした筋肉のシルエット。(……見覚えがある。あれは、配信に映っていた『運び屋』の……仲間か?)
警察官が「あ、プロテインバー持ってるだけ?そっか、ごめんね」と解放するのを見届け、乙野は素早くタクシーを止めた。
「前の、あの男を追ってください。……ええ、あの筋肉です」
◇
【木島のアパート前】
夕闇の中、バーさんがアパートの階段をきしませながら上がっていく。ガチャリ、とドアが開き、「タダイマ」という野太い声が漏れた。少し離れた電柱の影。乙野は、表札の『木島』という文字を確認し、震える手でスマホを取り出した。
「……はい。乙野です。……ええ、見つけました、京極様。『足』の潜伏先を、特定しました」電話の向こうで、京極の冷ややかな笑い声が聞こえる。
一方その頃、ダンジョンでは。ミサキが、なみなみとお湯を張ったバスタブに、大量の泡風呂の素を投入しようとしていた。
「さあて、準備万端! 現実の疲れなんて、泡と一緒に流しちゃいましょ!」
(第18話 完/第19話へ続く)




