第14話:魔獣引越センター
小鳥のさえずりと、オークのいびきで目が覚めた。ミサキは焚き火の消えた跡をぼんやりと見つめていた。
「あれ、帰らなかったんですか?」
ログハウスから出てきたガミが、伸びをしながら声をかけてきた。「いっそミサキさんもこっちで暮らしたらどうですか?」
「は? あんたとシェアハウスとか御免よ」
「いやいや違いますよ! 俺、拠点レベル上がって新しい建材も手に入ったんで、あっちの丘に新居を建てようと思ってるんすよ。眺めもいいし。なんで、このログハウス、ミサキさんに譲りますよ」
「譲るって、売るってこと? いくらで?」
「うーん、じゃあ…300万でどうです?」
「は? 300万って。
こんな掘っ立て小屋に……」
「掘っ立て小屋はひどいなw でもミサキさん、そのぐらい全然払えますよね? 俺がいったいいくら払ったと思ってるんすかw 貯金唸ってるでしょ?」
呆れて眉をひそめる私に対し、ガミは悪びれる様子もなく言い放つ。確かに、彼から巻き上げた金は、口座に数千万円単位で眠っている。高い気もするが、京極の手が届かない「安全」と「自由」が手に入るなら——。
「よし買った」
「お買い上げありがとうございますデス!」
◇
ミサキは、自分が借りていた賃貸マンションの前に立っていた。スマホには、元職場の部長からの着信履歴が数十件。ポストには督促状の山。
「あーもう、めんどくさいなぁ!」
ミサキはスマホを放り投げたい衝動を堪え、大きく息を吐いた。「ちまちま運ぶのは終わり。……やるか」彼女は周囲に人がいないことを確認し、スキルを発動させた。もはや隠すつもりもない。
「来なさい。総員、作業開始」
ブォォォォォン……! 空間が歪み、夜の闇が裂けた。アスファルトの上に、巨大な銀色の影が着地する。フェンリルのポチだ。さらに上空には、バサバサという羽音と共に、数体のワイバーンが飛来した。
「グルルル……(主よ、敵か?)」
「う、うん、引越しよ」
ミサキが指差すと、ワイバーンの背中から、小さな影たちがロープを伝って降りてきた。ゴブリン部隊だ。手には軍手、頭にはタオル。完全に「引越し業者」のスタイルだ。
「あれ、全部箱詰めして運びなさい。
一個も残さず!」
ゴブリンたちがミサキの部屋になだれ込み、段ボールを次々と運び出す。それをワイバーンたちが器用に足で掴み、あるいはネットに入れて吊り上げる。
——ウゥゥゥゥゥゥ……! その時、遠くでサイレンのような音が鳴り響いた。
◇
【埼玉県・航空自衛隊入間基地 中部航空警戒管制団】
「峯岡山レーダーサイトより入電! 東京湾岸エリア上空に未確認飛行物体! 低速ですが、反応多数!」
「ドローンか? いや、サイズがデカい」
司令室が騒然となる。モニター上の輝点が、編隊を組んで東京タワー方面へ移動している。「百里よりF-2、スクランブル発進! 確認急げ!」
◇
【東京上空 高度2,000フィート】
キィィィィィン……! ジェットエンジンの轟音が、東京の夜空を切り裂く。F-2戦闘機のパイロットは、ナイトビジョン越しに信じられない光景を目撃した。
"Alpha 1, Tally. ...It's a monster. Visual on a pterosaur... Target is carrying a payload!?"
段ボール箱を抱えたワイバーンの群れが、首都高の上空を飛んでいる。まるでファンタジー映画のワンシーンだ。パイロットは困惑しながらも、警告のために翼を振った。その様子を、首都高を走るポチの背中から、ミサキが見上げていた。
「……見つかったか」
彼女は『念話』で上空の部隊に指示を飛ばした。〜落とすなよ。荷物も、あいつら(自衛隊)も。……ただの引越しだから、穏便にね〜
ふと、ミサキは苦笑した。「しかし、これ絵になるわね。ガミも連れてきて、配信させればよかったかも」
F-2が警告射撃を放つ。まばゆい光が夜空を焼く。だが、ワイバーンたちは動じない。
〜回避行動!〜
ミサキの号令と共に、ワイバーンたちが風魔法を発動させる。巨大な翼が気流を掴み、物理法則を無視した急旋回を決める。
"Control, target confirmed hostile. Request permission to engage!"
"Alpha 1, you are cleared to engage. Weapons free! I repeat, Weapons free!"
"Copy, engaging! target speed is too high! Unable to lock! I can't get a tone!"
最新鋭の戦闘機が、荷物を持った翼竜に翻弄されている。彼らは攻撃してこない。ただ、ひらりひらりと舞うように回避し、東京湾を目指している。
「逃げるぞ、ポチ!」
「ワンッ!」
ポチがアスファルトを蹴り、レインボーブリッジを疾走する。ETCゲートを飛び越え、パトカーの追跡を置き去りにし、お台場の海へとダイブするような勢いで加速した。目の前には、青白く輝く——ウラヌスのドーム。
「撤収!」
⊂(´・ω・`⊂)_≡=─ズサッー=≡3。ポチが光の膜へと飛び込む。続いて上空のワイバーンたちも、次々と光の中へ吸い込まれていく。
"Target lost. ...Confirm target entered Uranus. I repeat, target has retreated into Uranus."
——死傷者ゼロ。
被害は「深夜の騒音」と「パイロットの精神的疲労」、そしていくつかの未払いの請求書のみ。こうして、伝説の「魔獣引越センター」による夜逃げは完了した。
(第14話 完/第15話へ続く)




