第12話:元彼ストーカーの国税タレコミ
【東京・大手町:某所】
「……これだけの金額が、
短期間に個人の口座へ?」
「はい。配信プラットフォームを経由した——投げ銭、および——外部サービスから の送金です。『修繕令嬢』、『ミサキ』等と名乗ってますが、、、
身元は特定済み。
高田千代乃32歳。独身。元SE、現在はギグワーカー、フリーの配送業、申告は一切ありません」——国税局査察部。通称マルサ。彼らが動くとき、そこには必ず巨額の隠し資産がある。
「タレコミの主は?」
「内閣府・政策統括官付・防災担当付きの企画官の男です。『元システム開発の委託先の担当SEが不正な手段で得た利益を隠している可能性がある』と。……まあ、私怨の匂いもしますが、金の流れ自体は黒です」
「それにしても内閣府の職員
からのタレコミねぇ……」
◇
【ウラヌス内部・ガミの拠点(増築現場)】
ギコ……ギコ……ギコ……
GAMI:あーもう! 遅い! 日が暮れるって!
建築中のログハウス別棟。数体のスケルトン(骸骨)たちが、木材にノコギリを当てているが、全く切れている様子がない。彼らの細い腕は、ただ虚しく前後運動を繰り返しているだけだ。
ミサキ:……何やってんの、あれ? ——お遊戯会?
GAMI:あ、ミサキさん! いやぁ、建築要員としてスケルトン召喚したんすけど……こいつら、全然ラチがあかないんすよ!
ミサキ:骨だものね。
GAMI:そうなんすよ! 見ての通り、こいつら筋肉がゼロなんで! ノコギリを引く腕力が物理的に足りないんすよ! ただ木材を撫でてるだけっす!
ミサキ:なるほどね。……筋繊維がないなら、モーターで回せばいいじゃない。(持ってきたプラスチックのハードケースを地面に置く。独特の「青緑色」のケースだ)
GAMI:その色は……まさか!
ミサキ:『マキタ(Makita)』の充電式チェーンソー。ガイドバー250ミリの軽量モデルよ。
GAMI:マキタァァァ! 日本の現場の守護神!
ミサキ:エンジン式じゃないから静かだし、振動も少ない。これなら骨でも扱えるでしょ。
スケルトン:……(キュイイイイイイン!! キュイイイイイイン!! キュイイイイイイン!!)
GAMI:おおおっ! はえぇぇ! 一瞬で切れた!
ミサキ:感情がないから躊躇しないし、疲れを知らないから無限に伐採できる。……これ、最強の林業従事者じゃない?
数体のスケルトンが、ウィーン、キュイイイ! と機械的なリズムで次々と木材を切り刻んでいく。その光景は、もはや建築現場というより、B級ホラー映画のクライマックスのようだった。
GAMI:すげぇ……見た目は完全に「悪魔のいけにえ」だけど、仕事が丁寧だ……! ミサキさん、追加でサンダーも頼んでいいっすか!?
ミサキ:はいはい。次に来る時ね。……じゃ、私は帰るから。
◇
【ミサキの自宅の近く】
木更津から戻った私は、駅前のレンタカー店に車を返却した。深夜の街は静まり返っている。自分の足音だけが、やけに大きく響く。自宅である築30年の賃貸マンションまでは、徒歩で10分ほどだ。
——いつも通りの帰り道。
けれど、今日は背中がムズ痒い。さっきの京極からの着信が、脳裏に焼き付いて離れないのだ。
(……考えすぎよ。あんなの、ただの間違い電話か、気まぐれに決まってる)
私は自分に言い聞かせながら、自宅へ続く最後の角を曲がった。そこで、足が止まった。一台の黒いセダンが停まっている。エンジンは切られているのか——
音はしない。
車内は暗く、中の様子は伺えない。ただの路上駐車かもしれない。この辺りではよくあることだ。だが、運転席に誰か「いる」ような気がした。
(…………っ)
心臓が嫌な音を立てて跳ねる。あれは誰? 京極の手のもの? それとも……まさか、税務署の張り込み? いや、まさか。私は首を振る。ドラマじゃあるまいし。私の脱税(まだ確定してないけど)なんて、、、
国家予算から見れば小銭もいいところだ。
わざわざこんな夜中に、人を張り付かせるわけがない。これは私の「やましい心」が見せている幻影だ。幽霊の正体見たり枯れ尾花。ビビっているから、ただのサボリーマンが刺客に見えているだけ。
「……ふう」
私は努めて冷静を装い、視線をその車に向けないようにして歩き出した。ここでUターンして逃げ出したら、それこそ
「私は黒です」
と自白しているようなものだ。堂々としていればいい。私はただの、深夜配達帰りの疲れた女だ。背中に突き刺さるような視線……
勘繰りが止まらない。
エントランスを抜ける。逃げるようにエレベーターに乗り込み、「閉」ボタンを連打する。扉が閉まり、箱が上昇を始めた瞬間、ようやく息が吸えた気がした。
◇
ガチャリ、と鍵を閉める。さらにチェーンロックを掛け、ドアスコープを覗く。……誰も追ってきていない。外の廊下は無人だ。
「……ははっ、馬鹿みたい」
玄関にへたり込み、乾いた笑いを漏らす。やっぱり、私の自意識過剰だったんだ。誰も私なんて見ていない。そう自分を納得させようとするが、、、
震えが止まらない。
布団を頭まで被る。ここなら安全なはずだ。ここは私の城だ。けれど、暗闇の中で思考は、、、
ネガティブな方向へと加速していく。
——もし、あれが本当に税務署だったら? ——明日、ドアを叩かれたら? ——口座が凍結されたら? ——京極が裏で手を回していて、ある日突然、逮捕状を持った警察が踏み込んできたら? ——連想ゲームのように、——最悪の未来予想図が脳内を駆け巡る。。。
……寒い
季節外れの悪寒に、私は身を縮こまらせた。ウラヌスの地下深層、あのスケルトンたちが黙々と働くダンジョンの方が、今の私にはよほど温かく、安全な場所に思えた。
皮肉な話だ。
魔物が徘徊する迷宮よりも、法治国家である日本の自宅の方が、今の私にとっては「敵地」なのだ。
(第12話 完/第13話へ続く)




