第01話:短すぎる一日
ランチタイムを過ぎた——やよい軒。
「いやー、やっぱ冬は『イージス』っすよ。ワークマン最強! 防水だし、風通さないし、これで5千円しないんすよ?神コスパっす」
「ふーん。そうなんだぁ」(私は生姜焼きを口に運びながら、冷ややかに返した)
「私は『ワークランド』で買った。サーモクラフトのベスト、結構いいよ」
「ワークランド? 何すかそれ。ワークマンのパクリっすか?」
「違うわよ。セレクトショップ。イージスみたいに自社ブランド(PB)じゃないのよ」
「へー……そうなんすか」
「ていうか、イージスって、名前が私にはなんとも……」
「……なんか、あったんすか、その、イージスで。てか、お姉さん。(木島が味噌汁をすすりながら、上目遣いに私を見た)お姉さんって、いくつなんすか?」
「……あんたこそいくつよ?」
「自分、26っす。この道8年なんで、けっこうベテランっすけど」
(コイツ、26って若かっ……)「じゃあ、私より先輩ね」
「え? マジすか? いや、それはないでしょw見た感じ、俺より年上……ですよね?」
「……うるさいわね。ミツオよ」
「え? ミツオって、320円のことっすか? 配達単価の話じゃなくて……」
「だから、32歳ってこと!」
食事を終え、店を出る——「うっわ、さっむ!」木島が肩をすくめる。ふと、空を見上げた私は、違和感に足を止めた。
「……ねえ」
「ん?」
「暗くない?」
街灯が既に点灯し始めている。空は鉛色に沈み、ビルの影が長く伸びていた。
「最近、日が暮れるの早くない? 今、2月よね? 冬至は過ぎて、これから日は長くなっていくはずなのに。一月よりも、明らかに日没が早まっている気がする。それに、さっき店に入ったのが15時ジャスト。注文して、食べて、出るまで40分?そんなに居たかな……」
「えー? そうっすか? ……あ、もしかして」木島がニヤニヤしながら、バイクの鍵を取り出した。「年取ると一年が短く感じるって言うじゃないっすか。ジャネーの法則でしたっけ? お姉さん、それっすよw」
「……ぶっ飛ばすわよ」……ジャネーの法則? そんな心理的なものだろうか。実は、地球の自転そのものが、早くなってたりして……なんてね。「それじゃ、あたしあっち方向なんで」
「ういっす」
《ピロリン! リクエストを受信しました》(ああ、この前、正面エントランスから行って失敗したタワマンだ、今度は通用口直で試してみるかな)私はマップを確認し、ペダルを踏み込んだ。
その夜——
惰性で流していたタブレットの配信画面が、不意に騒がしくなった。見ていたのは、IRL(現実生活)配信者のGAMIのチャンネルだ。
『おいみんな! 今、窓の外見てみ!? ヤバいことになってる!』GAMIがカメラをベランダに向ける。私もつられてカーテンを開けた。東京湾の方角。夜空を切り裂くように、青白い光の何かが光っている。
それは巨大なドームだった。
お台場から海ほたるにかけての海域を、半透明の膜が覆っている。そして、そのドームには、「縦の輪」が少し傾いて走っていた。
『緊急速報です。東京湾アクアライン上に、原因不明の巨大構造物が出現……』テレビのニュースキャスターが上擦った声で原稿を読んでいる。
「……明日の配達、あのエリア制限かかるかな。めんどくさ」
世界がどうなろうと、私の明日のは変わらない。
(第1話 完/第2話へ続く)




