5
ケルベロスの巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。
静寂。
燃え残る炎と焦げた地面の匂いだけが、戦いの激しさを物語っていた。
「……討伐、完了」
誰かが呟いた瞬間、張りつめていた空気が一気にほどける。
だが――
次に広がったのは歓声ではなく、困惑だった。
「……団長の腕、治ってます」
「さっきまで貫通してたはずですよね……?」
ギディオンは自分の腕を見下ろす。
血も傷も、まるで最初からなかったかのように消えていた。
「魔法部隊、治療は?」
「……追いついていません。
これは……回復魔法の域を超えています」
ざわ、と空気が揺れる。
視線が一斉に――フードの人物へ向いた。
フルールは思わず一歩後ずさる。
(まさかあいつか?いや、違う。
俺は結界しか見ていない)
この魔の森で、あれほど精緻で強力な結界を張れる存在。
それだけで常識外れだ。
(だが……魔力の気配がない)
探るように視線を向けても、そこからは微塵も感じ取れない。
(結界はどうやって張った……?)
(こいつは……いったい何者なんだ)
一瞬、思考が渦巻く。
だがギディオンは小さく息を吐いた。
(……今は考えても仕方がない)
「この者は保護する」
低く、しかし揺るぎない声。
「事情聴取と安全確保のため、連れて帰る」
フルールはぎゅっとフードの端を握りしめた。
「……どこに連れていかれるんですか。
なんとなくもう予想できますけど」
「王宮だ」
「あぁ~……やっぱりねぇ……」
ため息まじりに空を仰ぐ。
しばらくして、そっと聞いた。
「……あの」
「なんだ」
「お風呂はあるのかしら」
一瞬の沈黙。
「あるどころか最高だぞ!」
副団長ルーカスが勢いよく声を上げる。
「王宮自慢の大浴場だぞ!」
「広くて湯気もすごくて!」
「一日中入ってたいくらいだ!」
フルールの目が輝く。
「……本当に?」
「もちろんあるよ!大きくて気持ちいいお風呂が!」
少し考えてから、こくり。
「……それなら、行きます」
(風呂で釣れたな)
誰もが心の中で思った。
――森の入口付近に待機させていた馬に乗り
王宮へ向かう道中。
ギディオンは何度もフードの人物を振り返る。
「顔を見せろ」
「……嫌です」
「確認のためだ」
「嫌なものは嫌です」
頑なな態度に、ルーカスが苦笑する。
「まぁいいじゃないですか団長。
どうせ風呂に入るんですし、その時分かりますよ」
「……それもそうだな」
ギディオンは小さく頷いた。




