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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第2章

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外伝 :ルーカスと番の証

すべてが終わって一夜明けた、朝。

陛下にこき使われる前に! 山のような事務処理に追われる前に!

とにかくアニエスと話したい、いや、一分一秒でも長く一緒にいたい。

ルーカスはデートに誘うため、鏡の前で何度か深呼吸を繰り返していた。柄にもなく緊張しているのは自覚している。


(想いは通じ合った……でも、まだつがいの証を立てたわけじゃない。早く、僕の本当の意味での番にしたい……)


そんな独占欲を飲み込み、彼女の部屋のドアを叩く。


「は、はい!」


「……僕だ。ちょっといいかな」


「大丈夫です」


控えめに開いたドアから顔を出したアニエスを見て、ルーカスの心臓が跳ねた。


(ぐっ……可愛い……)


あの日から、彼女の僕に対する態度が変わったのが手に取るように分かる。

過酷な生い立ちゆえ、普段は感情を表に出さないクールな令嬢に見られがちだが、僕の前でだけは驚くほど脆く、ぐずぐずに崩れる。その変化が愛おしくて仕方がない。


(僕を意識してくれている……)


そんな確信に喜びを噛み締めながら、ルーカスは優しく声をかけた。


「体は、大丈夫?」


「はい。指も、フルール様が綺麗に治してくださったので」


無理やり指輪を外してただれていた小指も、今はもう元の白い肌に戻っている。


ルーカスはアニエスの頬にそっと手を伸ばした。指先から伝わる彼女の肌は、驚くほど熱い。みるみるうちに耳の付け根まで朱が走り、彼女はあわあわと視線を泳がせた。


「……眠れなかった?」


「ね、ね……っ、眠れました! ちゃんと、ぐっすりと!」


上気した顔で必死に言い張る彼女に、ルーカスは思わず肩を揺らした。


「……っふ、嘘つき。そんなに顔が赤いのに?」


「~~~~~~! からかわないでくださいっ!」


アニエスは両手で熱い頬を隠すように俯いてしまった。

「ははは! ごめん。あまりに可愛くて」


ああ、幸せだな。ルーカスは心からそう思った。


「ねぇ、アニエス。本当はゆっくり眠らせてあげたいところだけど……。少しだけ、僕とデートしない?」


「デート……ですか?」


「ああ。君と、たくさん話したいことがあるんだ」


アニエスは少しはにかんで、「はい」と柔らかく微笑んだ。

その後、ルーカスはアニエスの支度をミーナに頼み、自分も出かける準備を整えた。

着替えを終えて現れたワンピース姿のアニエスは、形容しがたいほどに可愛い。

アニエスは僕を見て、ぽーっと赤くなって立ち尽くしている。


(なんだこの可愛い小動物は……。もはや存在が危険生物だ……)


ルーカスは自分を落ち着かせるようにコホンと咳払いをして、彼女の小さな手を引いた。


「行こう!」


やってきたのは、あの静かな湖のある公園。

木漏れ日が水面に反射してキラキラと輝く中、二人は並んでベンチに腰を下ろした。


穏やかな水面を眺めながら、ルーカスは静かに口を開いた。


「……後悔しているんだ。もっと早く、君に一目惚れした瞬間に、好きだと告白していれば良かったって」


隣に座るアニエスの肩がびくりと跳ねる。ルーカスは彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、言葉を重ねた。


つがいだからじゃない。アニエス、君という一人の女性を、僕は心から好きになったんだ」


不器用だけれど切実な告白に、アニエスは少しだけ困ったように、けれど幸せそうに微笑んだ。


「いいえ、ルーカス様。後悔なんてしないでください。きっと……あの時の私に言われても、信じることができなかったと思います。あんなことがあったからこそ、今の私たちがいるんです」


彼女は自分の耳元で揺れる蒼いピアスにそっと触れた。


「このピアスが、私に『信じる勇気を持ちなさい』って教えてくれた気がします」


「……そのピアス、実は僕の母から譲り受けたものなんだ」


ルーカスの言葉に、アニエスが驚いて目を見開く。


「母が言うには、家宝は長男が継ぐけれど、これだけは僕にあげるって。母の親友――もう亡くなってしまった方なんだけど、その人が『いつか大切な人ができたらあげてね』って母に託した、その人の形見なんだってさ」


ルーカスは、今も元気に領地で過ごしている母の言葉を思い出す。


「母はずっと、親友の形見としてこのピアスを大切に持っていたみたいなんだ。……本当に大切な親友だったから、なんとなく、このピアスを父さんにあげるのを躊躇っちゃったんだって。自分の手元に置いておきたくて。でも、時が過ぎて、やっと思い出にできるようになって……」


ルーカスはアニエスの手を優しく握り直した。


「僕が騎士団の試験に合格した時に、『いつか大切な人ができたらあげるのよ。親友も、私の子どもなら許してくれると思うから』って僕にくれたんだ。母も、やっとこのピアスがふさわしい場所へ届くのを待っていたのかもしれないな」


「そうだったんですね……」


アニエスが震える声で呟いた。


「私の母も、遠くにとても大切なお友達がいるって言っていました…結婚してから手紙のやり取りが

できなくなったとか。どんな人だったのかな。」


ルーカスはハッとして、アニエスの顔を覗き込んだ。


「アニエス……君のお母様の名前は?」


「……リリアン、といいます」


「……!!!」


ルーカスは思わず息を呑んだ。母がずっと大切に胸に抱き続けていた、愛おしい親友の名だ。


「まさか…」


ルーカスの反応を見てアニエスの唇が震える。


「ははは……! そうか。すごいな。これは……君のお母さんの、形見だったんだな」


運命の導きに心震わせ、ルーカスは自分の右耳についているもう片方のピアスに手をかけた。


「アニエス、これは君の家へ戻るべきものだ。君が両方持っていてくれ」


「あ! 外さないでください!」


アニエスが慌ててルーカスの手を止める。彼女の瞳には、確かな慈しみの色が宿っていた。


「片方は、ルーカス様がそのままつけておいてください。母もきっと、それを望んでいると思います。」


ルーカスは一瞬呆然とし、それから今日一番の、心からの笑顔を見せた。


「……そうか。ありがとう」


湖を渡る風が、二人の髪を優しく揺らしていた。

アニエスは、かつて自分が公爵令嬢として、そして一人の人間として虐げられてきた日々を思い返すように、静かに水面を見つめた。

家は取り潰され、親族もいない。けれど、彼女の心にはこの国への愛が残っていた。


「ルーカス様。私は……この国に残って、もう一度『精霊を大切にするアステリア』を創り直したいんです」


かつては絶望の色しかなかった彼女の瞳に、今は揺るぎない光が宿っている。


「私の家が犯した過ちも、精霊たちに強いた悲しみも、すべてを背負って向き合いたい。精霊の声を聴き、人と精霊が真に手を取り合えるアステリアに……。ルーカス様、私と一緒に、歩んでいただけますか?」


真っ直ぐな、そして強く美しい瞳。

過酷な運命を乗り越え、自らの足で立とうとする彼女は、かつての気弱な令嬢ではなかった。

ルーカスは、そんな彼女の凛とした成長に胸を打たれ、愛おしそうに目を細めた。


(……なんて、いい目をするようになったんだ。もはや、僕が守るだけの存在じゃないな)


「分かった。君がそう願うなら、僕のすべてを賭けて支えよう。僕にとっても、ここはもう君が生まれた大切な場所だから」


ルーカスは彼女の手を強く握りしめ、力強く頷いた。


繋いだ手に、ぎゅっと力がこもる。

かつての親友たちが叶えられなかった「共にいる未来」を、今、二人はしっかりと歩み始めていた。

湖の向こうから、心地よい風が二人の髪を揺らした。




夕闇が二人を包む頃、部屋に戻ったルーカスの瞳には、昼間の穏やかさとは違う熱が宿っていた。

開かれた窓から夜風が吹き込み、二人の耳元で蒼いピアスが小さく音を立てる。

ルーカスはアニエスを優しく抱き寄せ、その白い首筋に顔を埋めた。


「もう、一生……生まれ変わっても、離さないから」


その誓いは、甘い囁きとなってアニエスの心に深く刻まれていく。

ルーカスの唇が彼女の肌に触れ、熱い「つがいの証」を刻みつけた。


「……っ、ルーカス様……」


アニエスの瞳が潤み、彼の背中にそっと手を回す。

かつて親友同士だった二人の母親が、時を超えて繋いでくれたこの縁。今、二人の鼓動はひとつになり、暗闇の中で確かな熱を帯びていく。

想いは重なり合い、深く、濃く、溶け合っていった。

二人の夜は、静かに、そして情熱的にふけていく。

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