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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第2章

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第2章 18

ジャッカルは、白光に満ちた空間にいた。

そこは神木の最深部。現実世界の時間は止まり、ただ静寂だけが支配している。


「ふっ……はははは……」


不意に、乾いた笑いが漏れた。もはや怒りも憎しみも残っていない、すべてを悟ったような諦めの笑いだ。


「まさか、あいつ(ギディオン)がこの世界の異質な存在だったとはな。すっかり騙されていた。……フルールは調整役として呼ばれた側だったというわけか」


自身の計算が、根本から覆されたことを知る。

その時、どこからともなく、形を持たない意思が空間に響いた。


『私は管理も強制もしていない。ただ、輪廻転生を司っているだけ。選び取るのはあなたたち……。』


ジャッカルの紫の瞳が、虚空を見つめる。


「俺は、どこで間違えた?」


問いに応えるように、目の前に光の映像が映し出された。

そこには、独り取り残され、涙を流しながら自分を呼ぶ娘の姿があった。


「お父様……っ!」


泣き崩れるベアトリスの姿に、ジャッカルの胸が締め付けられる。

これまで「番」という運命に執着するあまり、目の前にあった確かな家族の愛を、彼は見ようとしてこなかった。


『ここで、この生を終わらせますか』


その問いに、ジャッカルは短く、けれど明確に答えた。


「いや」


瞳に、かつての狂気ではない、静かな光が宿る。


「俺は生きる。生きて、一生この子に償いながら生きていく」


そして、いつか来世で再び出会うはずの最愛の妻を想う。


「……またお前に会うために」





激動の一夜から、数週間が過ぎた。アステリア王宮の執務室には、ギディオン、フルール、ルーカス、アニエス、そしてミーナや乳母、騎士団の面々が勢揃いしていた。

窓の外では、復活した精霊たちが朝日を浴びてキラキラと舞っている。


「……綺麗」


アニエスが呟く。呪縛から解き放たれた彼女の瞳には、再び精霊たちの姿が映るようになっていた。


「二人で話し合って、ここに残ることにしたのよね?」


フルールが、隣に立つアニエスとルーカスに微笑みかける。


「はい。王室は事実上解体しましたし、高位貴族もほとんどが牢の中ですから……。統率する者がいない今、とりあえず僕とアニエスが代わりを務めることにしました」


ルーカスの言葉に、フルールが悪戯っぽく笑う。


「もう、そのまま王様とお后様になっちゃえば?」


「それは名案だ」


ギディオンが腕を組んで頷いた。


「そうなればルミナリア帝国との貿易も楽になる。公私ともに最強のパイプができるわけだしな」


ギディオンの身も蓋もない言い草に、ルーカスは苦笑して肩をすくめた。


「……ははっ、相変わらずですね。僕たちの結婚まで帝国の道具にするなんて。」


「フン、当然だ」


「えっ、ええっ!?(なんだか話がどんどん進んでるわ……!)」


慌てるアニエスを余所に、ギディオンはニヤリと笑ってルーカスを見た。


「そういえば、お前ら。つがいの証は立てたのか?」


「番の証って?」


首を傾げるフルールに、ギディオンが彼女の髪をそっと避けて教える。


「お前の首の後ろにもあるだろう。噛み跡に似た紋章だ」


察したアニエスが、一瞬で顔を真っ赤にして俯いた。


「ふふ、聞くまでもないって感じね。おめでとう、二人とも!」


フルールの祝福に、ギディオンが少し真面目な顔で付け加える。


「あの時、番の証をさっさと立てておけば、こんな大事にはならなかったかもしれんがな」


番の証を立てた絆があれば、相手の異変をより早く、鋭敏に察知できるからだ。


「……それは言わないでください。今でもトラウマなんですから」


ルーカスは苦笑いを浮かべた。あの日、アニエスを奪われた時の恐怖は今も胸に刻まれている。


「まあ、それでも解決は早かった方だと思うがな。……だが、俺としては有能な副騎士団長が抜けるのは痛手だ」


「あれ? ギディオン様、もしかして寂しがってくれてるんですか!?」


ルーカスが茶化すと、ギディオンは鼻を鳴らした。


「調子に乗るな。事務仕事が増えるのが嫌なだけだ」


「ははは、冗談ですよ。僕が抜けた穴は、きっと閣下の弟君のレオン様が継いでくれますよ。」


「ふっ……そうだな。レオンなら、俺の弟としてお前以上の働きをするかもしれん」


ギディオンが誇らしげに目を細めた時、フルールは赤子のフィオを抱くミーナへ視線を移した。


「ミーナ。あの時、神木に意識が乗っ取られてた感じだった?」


「そうなんです」

ミーナは困ったように眉を下げて頷いた。


「扉の前で避難をしていたら、フィオ様とパチッと目が合って……。そこからどうやって地上に出たのか、全く覚えていないんです。気づいたらすべてが終わっていて、本当にびっくりしました」


「ミーナって、確かラタトスクの……リスの末裔だったわよね?」


「はい? ええ、そうですけれど……」


不思議そうに首を傾げるミーナを見て、フルールは心の中で(やっぱり)と合点がいった。


(図書館の文献で読んだわ。ラタトスクは神木の『橋渡し役』。フィオの意思を地上へ届けるための依代として、彼女が選ばれたのね。なるほど……)


フルールは、乳母に抱かれて無邪気に笑うフィオを見つめた。


「本当に、この子には助けられたな」

ギディオンが、かつて自分と魂が結ばれていた「真の番」だった赤子を、穏やかな目で見つめる。


「そうね。さすが、ギディの『元』番ちゃん」


「……『元』だからな」


念を押すようなギディオンの言葉に、フルールはふふっと笑った。


「はいはい。わかってますよ。さすがに自分でも、この可愛い赤ちゃんに嫉妬するほど子供じゃないわ」

フルールはそう言って、乳母の腕の中で眠るフィオの小さな手にそっと触れた。その場にいた全員が、新しい命が繋いでくれた奇跡に、温かな微笑みを浮かべる。


「ジャッカルは……大丈夫ですかね」


ルーカスが、朝日が差し込む神木の方を仰ぎ見て呟いた。


「ああ。きっと神木が、奴にも進むべき道を導いてくれるだろう」


ギディオンの言葉に応えるように、遠いルミナリアの地で神木の桜が風に揺れ、さらさらと祝福の音を鳴らした。長い戦いは終わり、それぞれが選んだ未来がいま、ここから始まった。

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