第2章 17
教会の外、夜空の下でジャッカルは狂ったように笑っていた。上空では漆黒のフェニックスが咆哮し、ギディオンを焼き尽くさんと黒炎を放つ。
「あはははは! 運命の番に殺されかける気分はどうだ、ギディオン!」
「ハッ! 番を亡くしたことを受け入れられず、向き合うこともせず、ただ世界のせいにしている弱虫が……吠えるな!」
ギディオンは凄まじい熱風を避けながら、鋭い視線をジャッカルに突き刺す。
「なんだと……?」
「俺も番を得た今は、狂ってしまう気持ちが分からんでもない。だが、周りを巻き込んで世界を壊すのは八つ当たりだ! 」
その瞬間、フェニックスの巨大な翼がギディオンを叩き伏せた。「ぐはっ!」と血を吐きながらも、彼は力強く立ち上がる。
「お前に何がわかる! 番などと……愛も、死も、魂さえも! すべては神木に管理されているんだぞ! 番なぞいなければ、こんなに苦しむことはなかったんだ!」
「違う! 俺はルルがルルだから愛したんだ! お前はルルを異質だと言ったな? なら、なぜ俺はそんな彼女を愛した? 番の運命を超えて、心が惹かれたからだ!」
「黙れ!!!!」
「お前は、番や魂の仕組みを盾にして、自分の『心』を否定しているだけだ!」
逆上するジャッカルの脳裏に、死に際の妻の声が蘇る。
『生きて。来世でも、また私を見つけてね。……私は、あなたの強いようで、脆くて弱いところも、全部大好きよ』
「……ぅ、ぁああああああ!!!!」
ジャッカルが頭を抱えて絶叫した隙に、フェニックスの一撃がギディオンを襲う。
「ルル!!!!!!!」
ギディオンの叫びにフェニックスが怯む。その一瞬を逃さず、ギディオンは炎の中へ飛び込み、フルールの指から黒い指輪を引き抜いた。
「番の絆を、舐めるな――ッ!!」
指輪が外れた瞬間、フェニックスは苦しそうにのたうち回った。
「ルル! ……くそ、指輪の呪いか!?」
「はははは! その指輪は命、魂と深く結びついている……外せば死ぬぞ!」
ジャッカルの嘲笑の中、ギディオンの前に
幼い「ギディオン」が現れた。
長いようで一瞬、時が止まったように感じる。
『この指輪を君がはめて。そうすれば暴走は止まるから。』
―――君は?
『…いずれ分かる日が来るよ。』
穏やかに笑うその姿は、自分であって自分ではない、
でも…俺に似た魂の色をしている。
ギディオンが指輪をはめようとすると、横たわるフルールの手がそれを止める。
「……来世でも一緒になろうって、誓っただろ。大丈夫だ」
ギディオンが手を握りしめると、フルールが涙を流しながら叫んだ。
「音也――!!!!」
その瞬間、ギディオンの額の核が発光した。フルールの体から漆黒の霧が抜け出し、本来の姿――眩い黄金色のフェニックスが姿を現した。
と同時に、フルールの髪は神々しい金色に、瞳は透き通るような碧眼へと変わっていく。
『私は浄化されました。そして、あなた達は無事に試練を乗り越えました。私は神木と一体化し、この地を見守りましょう』
黄金の粒子が帝国全土へ広がっていく。
「なぜだ……まさかお前"が"異質な存在だったのか……! そんな馬鹿な……くそぉぉおお!」
ジャッカルは往生際悪く禁術を使おうとするが、その後方から凛とした声が響く。
「ジャッカル!!!!」
「お前は……アニエス! なぜ生きている!」
駆けつけたルーカスが、アニエスを守るように前に出る。
「ジャッカル、僕は、番だから彼女を好きになったのではない! アニエスだから愛したんだ!」
「あぁぁぁどいつもこいつも! その気持ちすら操作されているんだよ!」
叫ぶジャッカルに、ギディオンとルーカスは声を揃えて言い放った。
「「だからなんだ! 俺が、僕が選んだんだ! そうやって生きていくんだ!」」
「黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!全員まとめて消してやる――」
その手が止まった。背後から現れた人影を見て、ジャッカルの顔が驚愕に染まる。
「おまえ……その赤子は……! 」
そこには、赤子のフィオを抱いた侍女のミーナが立っていた。フィオの瞳が、ジャッカルの悪意を見透かすように冷たく光る。ミーナは虚ろな目で、ただ一言告げた。
『……審判の時です』
「ぁ、あああああああ!!!」
ジャッカルの体は光の渦に飲み込まれ、悲鳴と共に消滅した。
長い、長い夜が明けていく。
一筋の光が教会に降り注ぎ、瓦礫の山を優しく照らし出した。
ミーナはハッと意識を取り戻し
皆が無事なのを確認して泣き崩れた。
「ユニコーンの伴侶は同じ色を宿す…伝説の
通りになりましたね」
ミーナは嬉しそうに小さく呟く。
「姫様!」
駆け寄った騎士団が、安堵の声を上げる。その輪の中で、ルーカスがアニエスをしっかりと抱きかかえていた。
「ルーカス様……私を諦めないでくれてありがとう」
「当たり前だ。僕が君の隣にいたいんだ。運命なんて関係ない。君だから、愛しているんだよ」
アニエスの頬を、今度は喜びの涙が濡らす。
そして、ギディオンとフルールもまた、朝日の中で深く抱きしめ合っていた。
「まったく、お前といると心臓がもたん」
「ふふふ! そんな私が好きなんでしょう?」
「……ああ。愛している」
二人の背後は、新しい世界の始まりを告げていた。




