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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第2章

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第2章 14

そこは、アステリア精霊国の聖域にありながら、愚かな王家がとうの昔に存在すら忘れた教会の地下深く。カビ臭い空気と魔力の澱みが支配する、隠された祭壇だった。


「アニエス、よくやった」


ジャッカルが声をかけると、彼女はゆっくりと首を傾けた。

かつては綺麗だった彼女の瞳は、今はもう、どこを見ているのかも分からないほど真っ暗に濁っている。

指輪の中にいた精霊は、アニエスの「絶望」を食べて、どろどろに黒く染まっていた。その黒い精霊が、アニエスの体の中にまで入り込み、彼女を操り人形のように作り変えてしまったのだ。


「……はい、ジャッカル様……」


アニエスの喉を借りて、中に入り込んだ「何か」が喋っているような、体温のない冷たい声。

そこにはもう、アニエスの意志は一欠片も残っていないようだった。

ジャッカルはその様子を見て、満足そうにニヤリと笑った。それから、祭壇で眠っているフルールへと目を向ける。


「今はまだゆっくり休んでくださいね、フルール様。あなたの強さは…まだ最高値までいっていないのでしょう? とっておきのディナーを用意してお待ちしておりますから」


ジャッカルの歪んだ笑い声が、石造りの壁に不気味に反響した。

フルールが連れ去られてから、二日が経過していた。





「いったい、どこに行ったんだ……! どこに隠しやがった!!」



宿の作戦室で、ギディオンの怒声が響く。番を奪われた苦痛と焦燥により、彼の放つ殺気は周囲の騎士たちが近づけないほどに膨れ上がっていた。

隣に立つルーカスもまた、そのアーバンの瞳に血走った執念を宿していた。

だが、その内側はどす黒い後悔に焼き尽くされようとしていた。


(なぜ、あの時……。指輪が抜けないと分かった瞬間に、躊躇してしまったんだ)


湖で見せた彼女の儚い微笑みが、脳裏にこびりついて離れない。

自分の「脚」を突き刺し、激痛で意識を繋ぎ止めることはできた。しかし、アニエスの姿をした「それ」が冷酷に部屋を去っていく時、自分は床に這いつくばって血を流すことしかできなかったのだ。

「絶対に助ける」と誓ったその舌の根も乾かぬうちに、彼女を深淵へと見送ってしまった己の無力さが、刺した傷口よりも鋭く彼を苛んでいた。


そこへ、乳母が激しく泣きじゃくるフィオリーナを抱えて駆け込んできた。その後ろからは、不安で顔を青白くさせたミーナが、縋るような思いで付き添っている。


「ギディオン様! いつもここまでグズらないフィオ様が……ここのところ、ずっと、何かを訴えかけているようで……」


ギディオンは、荒い息を吐きながら乳母の手元へ歩み寄った。そして、火がついたように泣く赤ん坊を、その大きな手で壊れ物を扱うように慎重に、けれど力強く抱き上げる。


「フィオ……。ルルが連れ去られてしまったんだ。俺は……どうしたらいい。」


逞しい腕の中に収まった小さな体温。ギディオンが縋るような思いで覗き込むと、それまで泣き叫んでいたフィオが、ぴたりと泣き止んだ。

濡れた睫毛に縁取られた黒い瞳が、真っ直ぐにギディオンの碧眼を射抜く。


その瞬間だった。

乳母に抱かれていたフィオの手が、まるで暗闇を行先で照らす導火線のように、白く清らかな光を放ち始めた。


「これは……ルルのいる場所か?」


危険な戦場へ幼い子を連れて行きたくはない。だが、もはや躊躇っている猶予は一秒たりともなかった。


「私がフィオ様を抱いて一緒に行きます!」


ミーナが覚悟を決めた顔で前に出る。


「頼む……! ルーカス、行くぞ!」





教会の地下。薄暗い明かりの中で、フルールは意識を取り戻した。

視界の端には、虚ろな目で佇むアニエスの姿がある。


「……ここはどこなの。アニエスに、何をしたの!」


「ここはね、あの馬鹿な王家が捨てた協会の地下ですよ。こんな隠し部屋があるなんて誰も知らない。本当に、最高の隠れ家だ」


ジャッカルが闇の中から姿を現す。


「アニエスはね……ふふ、もう、中身は空っぽなんじゃないですか?」


「……っ! 私を攫ってどうするつもり。私一人殺したところで、この世界は終わらないわよ!」


フルールの必死の叫びに、ジャッカルは腹を抱えて笑い出した。


「はははははは! 殺しませんよ! "あなた"が終わらせるんですよ、この世界を!」


「……? 何を言って……」


その時、フルールの脳内に激しいハウリングのような音が響いた。


『ねぇおばあちゃん、見てよ! このゲーム、ついに隠しボスのレベルが100に……』

『……このゲーム……レベル100……と、主人が……』


(なに……これ。 この記憶は……)


前世の記憶が、濁流となってフルールの意識を侵食する。あまりの衝撃に、彼女の叫びが喉でつかえる。


「ルル!!!!!!!!!ー」


重厚な石の扉が粉砕され、怒号と共に光が差し込んだ。


「ギディ!!!!」


「アニエス!」


「チッ……予想以上に早かったですねぇ」


ジャッカルが忌々しそうに舌打ちをするが、その顔にはすぐに冷酷な笑みが戻った。


「ジャッカル貴様……殺す!!!」


剣を抜き、今にも飛びかからんとするギディオン。だが、ジャッカルは両手を広げ、舞台の幕が上がるのを歓迎する道化のように笑った。


「まぁいいです。ようやく役者が揃いました。……さあ、最高のエンディングを始めましょうか」


ジャッカルが指を鳴らす。

その瞬間、祭壇の奥の闇が爆ぜ、そこから「真夜中」を凝縮したような漆黒の光が溢れ出した。

闇の中から現れたのは、人間の形を模した、巨大で不気味な影。

その背には、光を一切反射しない漆黒の、巨大な六枚の天使の羽が大きく広がっていた。羽が動くたびに、黒い羽毛が雪のように舞い散り、触れた地面を腐食させていく。


「……天使? いや、魔物か。……なんて不吉な姿だ」


ルーカスが剣を構え直しながら、忌々しげに吐き捨てる。その「黒い天使」の手には、空間を歪ませるほどの魔力を放つ、漆黒の大剣が握られていた。


「この子の名は『ルシファー』。美しいでしょう? 私がこの日のために、大切に育て上げた最高傑作です」


ジャッカルの言葉に呼応するように、ルシファーがその黒い羽を力強く羽ばたかせた。地下教会全体が激しい振動に襲われ、天井から粉塵が舞い落ちる。

フルールの脳内に、無機質なシステム音が響き渡る。


『最終試練:ルシファーを開始します』


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