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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第2章

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第2章 12

「アニエス! 探したよ! ミーナが、君が真っ青な顔をして飛び出したって言うもんだから……」


息を切らしたルーカスが、ようやく草むらに立ち尽くすアニエスを見つけ出した。彼女の背後には誰もいない。ジャッカルの姿は、霧が晴れるように消えていた。


「ごめんなさい。なんでもないんです。ちょっと、外の空気を吸いたくて」


アニエスは、いつものように穏やかな微笑みを浮かべた。だが、その瞳に宿っていたはずの光はどこか遠く、虚ろだ。


「その指輪は……」


ルーカスの視線が、彼女の左の小指に光る銀色の輪に止まった。


「あ、これは、王家の秘宝って言うんですって。お父様には必要なかったみたいで、御守りにでもしろって下さいました。ネックレスにしてつけていたんですけど、さっき留め具が壊れてしまって」


「そ、そうなんだ……」


「ルーカス様? どうかなさったのですか?」


小首を傾げる彼女の仕草は完璧だった。だが、ルーカスの胸には正体の掴めない違和感がこびりつく。湖で見せたあの繊細で温かな彼女の気配が、今の彼女からは全く感じられない。


「い、いや……今は魔物がいつ現れるか分からないし、僕のそばを離れないで。風も冷たくなってきたし、そろそろ戻ろうか?」


「はい」


並んで歩き出すアニエスの背中を見つめ、ルーカスは眉をひそめた。


(なんだか、様子がおかしい気がする……。僕の気のせいか?)


一方で、宿の作戦室は戦場さながらの怒号が飛び交っていた。


「くそっ! ジャッカルはどこにいる!」


苛立ちを隠せず、ギディオンが机を叩きつける。そこへ伝令が飛び込んできた。


「ギディオン様! また魔物が! 急に魔物の数が多くなり、大型の目撃も……負傷者が出ております!」


「くっ……いくぞ!」


前線へ飛び出したフルールの頭の中では、今までにない異変が起きていた。

ステータス画面を開かずとも、脳内に直接、無機質なシステム音が鳴り響く。


『レベルがアップしました。Lv76』

『レベルがアップしました。Lv77』

『レベルがアップしました。Lv78』


爆発的に跳ね上がるステータス。フルールのレベルは瞬く間に85へと到達した。


『新しい召喚獣を呼びますか?』


「――聖域を統べる者、我が呼び声に応えよ! フィリス!」


フルールが叫ぶ。回復系の最上級召喚獣が降臨し、戦場を光で包み込んだ。

その光景を遠くから見つめ、ジャッカルは愉悦に唇を歪める。


(フルール様、君はどこまで強くなる? きっとあと少しだ。指輪よ、もっとだ。もっとアニエスを絶望に染めろ。その負の感情が、さらに彼女の力を引き出す……)


数日後。ルーカスの不安は確信へと変わりつつあった。

目の前のアニエスは、食事をし、会話をし、微笑む。だが、それはまるで精巧に作られたアニエスという形をした人形のようだった。

ギディオンは、連日の戦闘の疲労で深く眠るフルールの傍らにいた。体力の限界が近付いてきている。


そこに、青ざめた顔のルーカスが駆け込んできた。


「ギディオン様」


「……どうした」


「あの精霊の力が宿っているという『王家の秘宝』が、妙に気になります。一度ジャッカルの手に渡っているのだとしたら……まさか!」


嫌な予感が二人を突き動かした。彼らは一刻を争うように、アニエスの部屋の扉を蹴破るようにして飛び込む。


「お二人とも、そんなに慌てて……どうなさいましたか?」


アニエスは窓辺に座り、穏やかに二人を迎え入れた。


「っ……その、指輪を見せてくれないか」


ルーカスが詰め寄る。その瞬間。

アニエスの指先から、ドロリとした禍々しいオーラが溢れ出し、部屋の空気を一変させた。


「……ふふ。あはははは! 今頃気が付いたの? 遅すぎたわね。もう、あなたのアニエスは戻ってこないわよ」


ルーカスは絶望に喉を焼かれるような思いだった。あの湖で、自分を「似ている」と言って微笑んだ彼女の温もりが、今も手のひらに残っているというのに。目の前にいるのは、その思い出さえも汚そうとする、空っぽな「器」だった。


声こそアニエスだが、中身は別物だ。


「お前は誰だ」


ルーカスが低く尋ねる。時を同じくして、街の方から巨大な咆哮が響いた。


「ほら、行かなきゃね?」


宿の廊下を、目を覚ましたフルールが駆け抜ける。


「ギディ! 何をしているの! 行くわよ!」


「ルーカス! お前はアニエスを頼んだぞ!」


ギディオンがフルールを追って飛び出す。部屋に残されたのは、剣を抜いたルーカスと、妖しく笑う「それ」だけだった。


「お前の目的はなんだ。アニエスはどこだ」


「なんでしょうね……当ててみたら?」


(……一度、気絶させるしか……!)


ルーカスが踏み込もうとした瞬間、彼女の瞳に涙が浮かんだ。


「ルーカス様……っ、助けて……!」


正気に戻ったかのような、必死の叫び。


「ぐっ……!」


ルーカスの動きが止まる。額に一筋の汗が流れた。偽りだと分かっていても、愛する者の顔をした相手を傷つける事はできない。


「ふふ、この子の体に傷なんて……つけられないわよね? さあ、眠りなさい。起きた時に、あなたも最高の絶望を味わうといいわ」


絶望に染まった邪悪な精霊が、術を放つ。視界が急速に闇に溶けていく。


「アニ……エ……ス……」


抗えぬ眠りの術に、ルーカスの膝が折れる。

「アニエス」は勝利を確信し、意識を失った(はずの)彼を一瞥すると、満足げに鼻で笑った。そのまま、一度も振り返ることなく冷ややかに部屋を去っていく。

カラン、と。彼女の足音が廊下に消え、静寂が訪れる。

だがその直後。


「……が、ぁっ……!」


暗闇に沈みかけていたルーカスが、自らの刀を逆手に取り、思い切り自らの「脚」を刺し通した。

溢れ出す鮮血。刺した刀をさらに抉るような凄まじい激痛が、強制的に意識を闇から引きずり出す。


「……絶対に、助ける……っ」


術にかかった振りをしながら、血を流して立ち上がるルーカス。

その瞳には、かつて兄弟にいじめられ、弱かった自分を捨てた時以上の、凄まじい執念の炎が宿っていた。

アニエスを操る存在は、まだ気づいていない。

ルーカスが、自らを傷つけてまで術を破り、その背中を追おうとしていることに。


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