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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第2章

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第2章 11

宿の作戦室では、重苦しい空気が漂っていた。

ギディオンは地図を睨みつけ、低く、押し殺した声で問う。


「……やはり、今回の一連の魔物騒動の裏にいるのは、ジャッカルで間違いなさそうだな」


「ええ。この狡猾な魔物の発生パターン、奴の考えそうな嫌がらせですよ」


ルーカスが忌々しげに頷き、拳を握りしめる。

彼は先日、牢獄に入れた王や公爵から情報を引き出していた。

公爵家の資金源はあまりに不自然だった。義母や義妹はショッピングに明け暮れ、父親はギャンブルで豪遊。その金をどこから得ていたのか。

聞けば、アニエスの冤罪を直接的に晴らした「支援者」を名乗る男がいたという。その男が王家を糾弾して多額の賠償金を毟り取り、さらに『王家の秘宝』を公爵家に引き渡すよう強く要求したのだ。


(あの時、公爵に渡った秘宝……あれは今どこにある? まさかジャッカルが回収したのか……?)


「……アニエスとは、一度も接触していないだろうな。奴なら、彼女の心の隙を狙ってきてもおかしくない」


ギディオンの問いに、ルーカスは記憶を辿る。


「そのはずです。以前、彼女に『支援者』に会ったことはあるかと聞きましたが、父や母が話しているのは聞いたことがあっても、直接の面識はないと言っていました。今は僕たちが側にいますし、彼女が一人で不審な者と接触する機会もないはずです」


ルーカスは、アニエスを大切に想うがゆえに、彼女が自分たちの庇護下から外れることはないと信じて疑わなかった。だが、その信頼が、逆に彼女の「異変」への気づきを遅らせていた。



翌朝。アニエスは激しい頭痛と共に目を覚ました。

視界が歪み、胸元の指輪が心臓を直接掴まれているかのように熱く脈打っている。


(……おかしいわ。最近の私、どうかしていた。何か、頭の中に別の誰かがいるような感覚。まさか、この指輪のせい……?)


一度芽生えた不信感は、恐怖となって膨れ上がる。

思い出せば、最初に魔物が現れたあの幸せなティータイム。ルーカスの優しさに触れ、自分の無価値さに絶望して指輪を握りしめた瞬間、頭の中にどす黒い声が響き、魔物が現れた。


そして市場の夜も。すべてはこの指輪を「慰謝料だ」と投げ与えられたあの日から始まっている。


(王家の秘宝が、魔物を呼んでいる……? そんな、まさか……!)


「アニエス様? お顔色が悪いようですが……」


心配そうに覗き込む侍女のミーナに、アニエスは強張った笑みを向けた。


「い、いえ。少し風に当たりたくて……ちょっと、散歩に行ってきます!」


焦燥感に突き動かされ、彼女は誰にも行き先を告げぬまま宿を飛び出した。

人通りのない草むらへ駆け込み、震える手で首から指輪を外そうとする。だが、チェーンが肌に張り付いているかのように、なかなか外れない。


「お願い……外れて……!」


無理やり引きちぎるようにして外した指輪を、アニエスは恐怖と共に草むらへ放り投げた。銀色の輪が弧を描き、茂みの中に消える。


「……無駄ですよ」


背後から響いた冷ややかな声に、全身の血が凍りついた。


「あ……あなたは……?」


「はじめまして、お嬢様。私はジャッカル」


男――ジャッカルは、不敵な笑みを浮かべて一歩近づいた。

投げ捨てたはずの指輪が、意思を持っているかのようにふわふわと宙に浮き上がる。

パキィッ、と。

静寂の中で銀色のチェーンが結晶のように砕け散った。

そのまま指輪は彼女の左手の小指へと吸い込まれた。指に吸い付くようにサイズがぴたりと合い、まるで肉の一部になったかのように二度と外れない呪いとなる。


「い、いやあああ! とれない! とれない!!」


「ははははは! あなたのことはね、指輪からずっと見ていましたよ。……あの忌々しい狼の『番』だって?」


「番」という言葉に、アニエスはビクッと肩を揺らした。

怖い。逃げたいのに、足が地面に縫い付けられたように動かない。


「君もあの神木というくだらないシステムに翻弄されている一人だ。教えてあげよう。……番なんてね、『君自身』が選ばれたわけではないのだよ」


ジャッカルの言葉と共に、指輪の呪いがルーカスの幻影を見せる。

そこにいたのは、冷ややかな瞳で自分を見下ろすルーカスの姿だった。


『アニエス? 勘違いしないでくれ。僕はただ、君が「番」という記号を持っていたから選んだだけだ。……君という人間そのものを望んだわけじゃないんだよ』


「あ……あぁ……っ」


膝から崩れ落ちるアニエス。

やっぱり、夢物語だったのよ。"私"に、価値なんてあるはずなかった……。

絶望に染まったアニエスの左耳で、ルーカスから贈られたピアスが、ただ悲しくキラリと光った。

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