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湖面が月光を映して揺れていた。
銀色の魚影が素早く跳ね、水しぶきがきらりと散る。
フルールは岸辺に立ち、小さく首をかしげる。
「えっと……あれ、どう仕留めればいいのかしら」
跳ねる魚を目で追いながら、ぽつり。
「炎だと……水の中だから消えちゃいそう。」
少し考えて、首を振る。
「風……意味なさそうだし」
しばし沈黙。
そのあと、ぱっと顔を上げた。
「……氷なら?」
「動きも止められて、形もきれいに残りそうよね」
胸の前で手を重ね、そっと息を吸う。
「――氷晶の静謐なる守護蛇、フロストリーネ」
冷気が奔る。
魔法陣が宙に浮かび、透き通る氷の蛇が現れた。
しなやかな体が湖へ滑り込み、尾が閃く。
魚は動きを止め、水面へ浮かび上がる。
フロストリーネは淡く光り、霧のように消えた。
フルールはほっと息をつきながら岸へ引き寄せる。
「……鑑定を使えば分かるかしら。」
「鑑定」
淡い光が走り、文字が浮かぶ。
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雷鱗魚
分類:魔獣(水棲)
危険度:低
可食部位:全身
味:焼くと甘みと旨味が強くなる
――――――――
「……!」
フルールの目が輝いた。
「食べられるのね……しかも美味しいって!」
両手を握りしめて小さく跳ねる。
「異世界食材ゲットじゃない……」
にこっと笑って、
「これはもう……異世界料理、やっちゃいますか」
串に刺して焚き火へ。
脂が落ち、ぱちぱちと音を立てる。
香ばしい匂いが夜の森に広がった。
その香りに、騎士団が足を止める。
「……火の匂いです」
「それに……これは結界?」
「この魔の森で結界だと……」
「そんな使い手がいるとは……」
ギディオンが低く言う。
「この国でも数えるほどだ」
「ここで張れるなど尋常ではない」
木々の向こうに見えてきたのは、奇妙な住処と椅子。
焚き火の揺らめきに照らされて立つ、細身の人物。
夜の森にあって、そこだけが切り取られたように明るい。
ギディオンの喉がわずかに鳴る。
「……人間か?」
騎士の一人が息を呑む。
「魔物……いや、分からん……」
その視線に気づき、フードの人物が振り返った。
「……え?」
次の瞬間。
「日本人!!!」
騎士たちが固まる。
ギディオンが低く問いただす。
「ニホンジンとはなんだ」
少女ははっとして首をぶんぶん振った。
「い、いえ!その……遠い国の言葉です!」
焚き火がぱちりと弾ける。
「名を名乗れ」
「フルールです」
「どこから来た」
一瞬の迷いのあと、微笑みを作る。
「……旅人です」
疑念の視線が走る。
ギディオンの目が、焚き火の上の串焼きへ落ちた。
「それを……食べているのか」
「はい」
「魔の森の生き物だぞ」
「はい?」
緊張が走る。
「ちょっと失礼――」
ルーカスがあっさり串を取る。
「待て、死ぬぞ!」
もぐ。
沈黙。
「……なにこれ」
目を見開く。
「……うっま!!」
「団長、これ本気でやばいです!」
「今までの保存食、何だったんですか!」
騎士たちが恐る恐る口に運ぶ。
「……美味い」
「信じられん……」
ギディオンも静かに噛みしめる。
甘みと旨味が広がり、胸の奥が温かくなる。
なぜか懐かしい。
失っていた何かに触れたような感覚。
フルールはほっと微笑んだ。
「よかった!」
「これからもっと色々作れそうね」
その瞬間――
結界が、ぶわりと揺れた。
地鳴りのような咆哮。
炎をまとった巨大な影。
三つの首。
「ケルベロス――」
焚き火の火が激しく揺れる。
戦いの幕が、静かに上がった。




