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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第2章

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第2章 9

魔物の発生源を探るため、一行はアニエスの案内で市場へと向かった。

度重なる魔物の襲来に街の人々は怯えてはいたが、一行が姿を現すと、その瞳には驚きと喜びの熱が宿った。


「見ろ、ルミナリア帝国の王太子様だ……!」


「あちらの方は聖女様では?」


「……待て、隣にいるのはアニエス様じゃないか!?」


「婚約破棄の騒動からぱったり姿を見せなかったから、どうなったことかと……。ご無事だったのか!」


「ああ、あの清らかな佇まいは……精霊の乙女じゃないか! 生きておられた!」


アステリア王家によって一方的に見捨てられ、不当に幽閉されていたアニエスの健在ぶりを見て、人々は安堵の溜息を漏らす。だが、その温かな声は、アニエスの胸を鋭く抉った。


(……心配、してくれていたの?)


家族からも国からも、ゴミのように捨てられた自分を、街の人々は覚えていてくれた。本来なら泣き出したいほど嬉しいはずなのに、今の彼女にとっては、その優しさが何よりも恐ろしかった。


(私は国に見捨てられた、価値のない人間なのに。皆さんが私を「精霊の乙女」と呼んで期待してくれるほど、胸が痛い……。もし……もしも、最近この街に魔物が現れるようになった理由が、私にあるのだとしたら……?その時はきっと、皆さん今度こそ私を見捨てて、化け物を見るような目で見るはずだわ……)


そう思うと眩暈がして、アニエスは無意識に、首から下げた指輪を服の上からギュッと握りしめた。


『支援者が、これをお前に渡せとうるさくてな。……精霊の力が宿っているらしく、お前を守ってくれるみたいだぞ!』


あの時、父が投げ捨てるように言った言葉を、アニエスは今も縋るように信じていた。

自分に残された、たった一つの「御守り」。王家の秘宝。その正体が、アニエスの絶望を吸って魔物を呼び寄せる「呪いの種」だとは、今の彼女には知る由もなかった。




市場の喧騒の中、フルールは珍しい食材に目を輝かせていた。


「お米や味噌だけじゃなくて、抹茶に海苔、ワサビまであるわ!」


「それは北部のスノウラン領で生産され、あちらの干物は東のエスト海港と取引されているものです」


アニエスが淀みなく説明する知識の深さに、一行は驚愕する。


「すごいわアニエス、何でも知っているのね!」


「い、いえ……ただ、書物で読んだことを覚えていただけですので……」


(僕の奥さんは(奥さんではない)天才だなぁ)


そんな事を思いながらふと、ルーカスが店先に並ぶ透き通った石の髪飾りを見つけ、アニエスに似合いそうだと手を伸ばした。……が、その瞬間、フルールのカミナリが落ちた。


「ルーカス! ついこの間、馬車いっぱいにアニエスへの贈り物が届いたの知ってるのよ!? なんでうちの男どもはつがいを見つけると、こうもポンコツになるのかしら!」


「……さりげなく俺にも飛び火してないか、それ」


ギディオンが苦笑いする横で、アニエスが不思議そうに首を傾げた。


「番……ですか?」


「あーーーーーー! フルール様! あっちに珍しい食材が!! ほら、早く!!」


「え!どこ!?」


ルーカスが顔を真っ赤にして、慌ててフルールの意識を逸らし、騒がしく駆けていく。

ギディオンは残されたアニエスに、静かに告げた。


「忙しなくてすまないな」


「い、いいえ! 皆さんとても優しい方達ばかりで……こんな日々は夢のようで、楽しい……と思います」


自分の感情を一つずつ確かめるように、眩しそうに二人を眺めるアニエス。だが、ギディオンの次の言葉に彼女の肩が跳ねた。


「君のことを調べさせてもらった。……大丈夫だ。あの家族にも、王家にも相応の報いを受けさせる」


震える声で「ありがとうございます」と答えるアニエス。だがその胸中は、感謝と同じくらい、冷たい不安が渦巻いていた。


その日の夜。アニエスはひどいうなされ方をしていた。

眠りの中で、ギディオンの言葉が呪いのように頭に響く。


(夢のような日々が終わったら、私はどうなってしまうの……?)


『ほら……優しくされるほど、捨てられた時は苦しくなるだろう? 期待するから傷つくんだ……。報復が終われば、居場所のないお前はどうなると思う?』


(あぁ、そうよ……私は……)


無意識に、胸元の指輪をギュッと握りしめる。

その瞬間――。

平和な夜を切り裂く、これまでにない巨大な魔物、ミドガルズの咆哮が響き渡った。


「くそっ、またか! 何が魔物を発生させているんだ!」


「これもまた、どうせ倒したら消えるのよね……。でも、ちょうどいいわ。レベルが上がって新しい召喚獣が思い出せるようになったのよね!」


フルールは毅然と夜空を仰ぎ、凛とした声で詠唱を紡ぐ。


「果てなき空を駆ける烈風、自由を綴る白銀の翼――ゼファー!」


輝く光の中から現れたのは、透明な鱗を持つ巨大な飛竜『ゼファー』だった。その翼の羽ばたきだけで、夜の空気が大きく揺れる。


「連携して倒すぞ! 」


ギディオンは地を蹴り、驚異的な速度でミドガルズの頭部へと駆け上がる。その剣が輝き、一閃! ルーカスは遠距離から魔法の援護を惜しまない。

ゼファーも再び咆哮し、巨大なブレスを放つ。

全身から黒い霧を吹き出し、苦悶の叫びを上げるミドガルズ。

総力戦の末、ついにその巨体が崩れ落ち、跡形もなく霧散した。



フルールは小さく「ステータス・オープン」と呟く。


【Lv:63】




翌朝。滝のような汗をかいて目覚めたアニエスは、ミーナから夜通しの戦闘があったことを聞かされる。


「皆さんは……?」


「昨夜も魔物との戦闘があり、お疲れになってまだ眠っておられます」


(知らなかった……。私が安らぎの中にいた時も、皆さんは……。魔物が出始めたのはやっぱり、精霊の守りがなくなったせいなの?)


アニエスは窓の外、霞む教会を仰いだ。


(精霊さん、お願い、教えて……。私はどうすればいいの?)


だが、精霊は応えない。

かつての優しい守護の気配は消え、ただ静寂だけが街を包んでいた。応えることなど、今の精霊にはできなかった。

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