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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第2章

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第2章 6

魔物の騒動から一夜明けた。幸いなことにフルールの召喚獣の活躍により、街の被害は最小限に食い止められたが、人々の心には深い困惑が影を落としていた。

翌朝、ルーカスは宿泊先のオーナーから話を聞いていた。


「魔物なんて、ここ数百年は一度も出たことがなかったんです。王家が精霊を軽視するようになってから、民の間でも祈りが捧げられなくなり……。そこへきて、あのアニエス様の婚約破棄騒動でしょう。もしや彼女の身に何かが起きているのではと、みんな不安で……」


ルーカスは拳を握りしめ、ギディオンに願い出た。


「殿下、私だけでもアニエス様のところへ行かせてください。彼女の状況を確かめたいのです」


「護衛をつけるか?」


「いえ、帝国側の動きだと怪しまれたくありません。それに私がいない間、殿下やフルール様の身に何かあっては。……一人で行かせてください」


「……わかった。無理はするなよ」


アニエスの実家である侯爵邸に到着したルーカスを待っていたのは、冷淡な拒絶だった。


「アニエス様は婚約破棄のショックで引きこもっておられます。お引き取り願います」


門前払いを食らい、歯を食いしばるルーカス。だがその時、視界の端に何かが映った。屋敷の隅、屋根裏に近い物置部屋の小さな窓。そこからこちらを覗いていたアニエスと、一瞬だけ目が合った気がした。

だが、彼女は弾かれたようにサッと姿を隠してしまう。


(あそこか……!)


場所を特定したルーカスの胸に、熱い衝動が突き上げた。


ギディオン殿下の部下となり、つがい探しを始めて数年。騎士団としての仕事に奔走する毎日は充実しており、正直、自分の「運命」にはそれほど興味がなかった。

だが、殿下がフルール様と出会い、互いに強く惹かれ合っていく姿を一番近くで見てきた。その絆の深さを肌で感じるうち、番っていいな、僕にもいつか現れる日が来るのだろうかと、漠然と思うようになっていた。


だから、衝撃だった。


あの断罪の場。観衆の好奇な目に晒されながら、溢れそうな感情を必死に押し殺し、毅然と立っていた彼女を一目見たその時。


(……見つけた)

胸の奥が焼けるように熱くなり、心臓が耳鳴りのように脈打つ。


風に揺れる茶色の短いウェーブがかったフワフワな髪と、潤んだ薄いピンク色の瞳。

その小動物のような愛らしさと、対照的なほど凛とした眼差しに、魂がこの人だと思った。


婚約破棄、か。この国にとっては不祥事だろうが、僕にとっては千載一遇の好機。


僕が、全ての憂いを取り除いてみせる。

月光に照らされた彼の耳元で、シルバーのピアスが鋭く光った。



その夜。街が寝静まった頃、ルーカスは音もなく侯爵邸の庭へ侵入した。

狼の末裔としての身体能力を活かし、軽々と木を登ると、昼間目星をつけた窓の縁に降り立つ。月光を浴びた彼の銀髪が夜闇に白く輝き、琥珀色の獣目が鋭く光った。


コンコン、と控えめにノックをする。

驚いて窓を開けたアニエスは、目の前の光景に絶句した。


「どうして……ここに……」


「こういうのは得意なんだ。さて――ここは、どう考えてもお嬢様の部屋、とは考えにくいよね」


埃っぽい物置部屋を見渡す。そこは貴族の令嬢の部屋とは思えないほど狭く、寝台代わりの粗末な寝具が隅に置かれているだけだった。ルーカスの目が険しくなる。


「……! そう……ですね」


「君は、家族に虐げられているのか」


何も言わないアニエス。その震える肩を見て、ルーカスは大きな手をそっと彼女の頭に乗せた。


「わかった。今は何も聞かない。でも、これだけは信じていて。僕が、必ず君を救い出してみせるから」


「……どうして、そこまで……」


「一目惚れって言ったら、信じる?」


「えっ」


「ははっ! 全部終わった後で、ちゃんと話すよ」


ルーカスは耳に光るピアスを片方外すと、アニエスの小さな手に握らせた。


「今は、これを僕だと思って……信じて待っていて」


翌朝。アニエスは目覚めると同時に、あれは夢だったのではないかと思った。だが、ベッドサイドの古びた家具の上には、見慣れないシンプルなピアスが置かれていた。


「ルーカス、様……」


そっと耳につけてみる。飾り気のないデザインなら、義妹に興味を持たれることもないはずだ。


「アニエス! 紅茶はまだなの!?」


「はい……今すぐ行きます!」


階下へ降りると、いつものように両親の罵声と、下品な笑い声が飛んできた。


「ハハハ! あの『支援者』とやらは大したもんだ。アニエスの冤罪をネタに王家を脅し、口止め料という名の慰謝料をこれほど引き出すとはな! これでしばらくは豪遊できるな!」


父親が、テーブルの上に転がっていた、くすんだ小さな指輪を忌々しげに指差した。その指輪には細いチェーンが通され、ネックレスになっている。


「おい、アニエス。この『王家の秘宝』とかいう石ころはお前にやる。支援者が、なぜかこれをお前に渡せとうるさくてな。……精霊の力が宿っているらしく、お前を守ってくれるみたいだぞ! ははは!」


「……私に、ですか?」


「ああ! 我々には価値のないガラクタだ、さっさと持っていけ!」


「ありがとうございます、お父様……」


アニエスは、差し出されたネックレスを大切そうに受け取り、首にかけた。

自分を捨てたはずの父が、最後に自分を守るためのものをくれた。その嘘を信じた彼女の胸の奥には、ルーカスとの約束と相まって、小さな灯がともっているようだった。


だが、アニエスは知らない。

服の下に隠されたその指輪――かつて精霊の祝福を宿していたはずの、今は黒ずんだ「呪いの種」が、彼女の心臓の鼓動に合わせるように、ドクン、と禍々しく脈打ったことを。



「そうか。闇が深いな……」


離宮に戻ったルーカスの報告を聞き、ギディオンは低く呟いた。


「早く助けてあげなきゃ! 私、じっとしていられないわ!」


フルールが身を乗り出すが、ルーカスが制する。


「保護をするにも、我々は他国の人間です。力ずくでは角が立つ。連れ出すための正当な『理由』が必要です」


「理由、か……」


考え込むギディオンに、フルールがパッと顔を上げた。


「私に考えがあるわ! 帝国からの客人がこの国のことを詳しく知りたくて、案内役の侍女を探している……っていうのはどうかしら?」


「いいですね。ですが、文面には一工夫必要です」


ルーカスは、更にオーナーから聞いた「姉を虐げ贅沢三昧な妹」という噂と、実際に目にした「物置部屋に押し込められたアニエス」の姿を思い返した。


「侍女ということにしておけば、プライドの高いあちらの義妹が自ら志願してくることもないでしょう。さらに、徹底的に『仕事としての過酷さ』を強調するんです。王妃教育を完璧に受けていたアニエス様でなければ務まらない――という名目にすれば、贅沢に慣れた義妹を避け、確実にアニエス様を指名できます」


「なるほど。彼女のこれまでの努力を、救出の鍵にするわけか」


ギディオンが頷き、すぐに公式な手紙が送られた。


「さっそく準備に取り掛かろう」



こうして、アニエス救出の作戦が静かに動き出した。


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