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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第2章

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第2章 4

アステリア精霊国へと向かう豪華客船の甲板。フルールは、乳母の腕の中でまどろむ赤ん坊を見つめていた。


「フィオ、いい子ね。疲れていない?」


神木から現れた謎多き子、フィオリーナ。神木との関連を疑われるこの子を、目の届かない場所に置いていく選択肢はなかった。


「案ずるな。俺もルーカスもついている」


「はい! お嬢様は私が命に代えてもお守りします!」


ギディオンとルーカスの力強い言葉に、フルールは小さく頷いた。

ふと横を見ると、ギディオンが複雑な表情でフィオを見つめている。かつて彼が「番」を求めて狂ったように探し回っていた、あの黒髪と黒い瞳。番ではないはずなのに、心の奥底にある何かが、慈しむようにフィオの名前を呼んでいる気がしてならなかった。

やがて船がアステリアの港へ滑り込むと、乳母の腕の中にいるフィオが「キャッキャッ」と嬉しくそうに空に手を伸ばした。


(これは……何かが見えているの?)


「……精霊が見えているのかもしれないな」


ギディオンが呟くが、一行には何も見えない。


「ルミナリア帝国の王太子ギディオン様ですね。歓迎の宴を用意しております。こちらへ」


アステリアの従者に案内され、一行は王宮へと足を踏み入れた。乳母と護衛、そしてフィオを安全な控え室へ預けると、フルールは気合を入れ直した。婚約者として、初めての外交の舞台なのだ。


だが、会場の空気は冷ややかだった。「番」の概念が薄く、厳格な身分制度が支配するこの国では、フルールのような身元の知れぬ者が王子妃になるなど、はしたない夢物語だと思われていた。皮肉な視線を浴びる中、広間の中心で突然「断罪」が始まった。


「アニエス! 貴様のような嫉妬深く醜悪な女は、我が国の王子妃に相応しくない! 今この場で婚約破棄を言い渡す!」


王子の隣には、勝ち誇った笑みを浮かべる伯爵令嬢。

アニエスは本来、六歳の儀式で精霊を見出し、十数年もの間、この地を安定させてきた『精霊の乙女』であった。


「お前はリリアーヌに様々な嫌がらせをした挙句、

階段から突き落としたそうだな。」


「そんな事は一切しておりません。」

凛とした声が会場に響く。


「言い訳をするな!目撃者だっているんだぞ!

そもそも精霊なんて古いんだよ! 自分が特別な存在だとでも思い上がっていたのだろうが……」


アニエスは毅然とした態度で手を前に組み、立っていた。だが、その手は少しだけ震えている。その痛々しくも気高い姿を見た瞬間、ルーカスは全身の血が逆流するような衝撃に立ち尽くした。雷に打たれたような衝撃――一目で、彼は恋に落ちていた。


「うわぁ……異世界あるある。よくある悪役令嬢の断罪劇じゃないの……」


思わずこぼれたフルールの独り言に、ギディオンが眉をひそめる。


「異世界……?」


「え?」


(……あれ、私……なんで忘れていたの。……「漫画」で、見たことがある光景だわ……。漫画って何……? ハッキリ思い出せない。でも、知ってる……)


疼く頭痛の中、誰よりも先に一歩前に出たのはルーカスだった。


「――こんな公衆の面前で、レディに恥をかかせるのがこの国の流儀ですか?」


「貴様には関係ないだろう!」


激昂する王子に、ギディオンが冷たく言い放つ。


「とにかく、今日は我々のために開いてくれたパーティだったはずだ」


「ぐ……っ、まぁいい。婚約破棄の手続きはこちらでしておく!」


王子が去った後、一行は用意された控え室へと移動した。椅子に腰掛けたアニエスは、震える声で深々と頭を下げた。


「……あの、先ほどはありがとうございました」


「いいえ。……アニエス様、大丈夫ですか?」


フルールが寄り添うと、アニエスは自嘲気味に口の端を歪めた。


「いいのです。王子にとって私はただの古臭い置物だったのでしょう。愛など、最初から期待しておりませんでしたわ」


アニエスが力なく微笑む。その瞬間、ルーカスの胸が締め付けられるように痛んだ。守りたい。この人を、二度と誰にも傷つけさせたくない。


「精霊の声を聞くという稀有な力を侮辱するとは。あの王子は目も耳も腐っているようだな」


ギディオンの言葉に、アニエスが戸惑うように顔を上げる。


「お顔を上げてください、アニエス様」


ルーカスは、吸い込まれるように彼女の前に膝をついた。騎士としての礼ではない。一人の男として、彼女を繋ぎ止めたかった。


「あなたは十数年、この国を支えてこられた。その事実は、誰が否定しようと消えるものではありません。どうか、ご自分を責めないでください」


「……優しいのですね。ですが、もう、疲れてしまいました」


「アニエス様……」


「家の者が待っておりますので。これで失礼いたします。……皆様、どうか、この腐りかけた国を嫌いにならないでくださいませ」


アニエスはそれ以上語らず、幽霊のような足取りで部屋を後にした。


ルーカスはその場に立ち尽くしていた。


「ルーカス。……まさか、お前」


ギディオンの問いに、ルーカスは自らの拳を強く握りしめた。


「……殿下。私は、彼女をこのままにしてはおけません」


フルールは、神木の桜が描かれた自分の扇を見つめ、脳裏に走るノイズを掴もうとする。


(私は……そう、異世界からやってきたはず……。なんで忘れていたんだろう。そして、なんで……今、思い出したんだろう)


フルールの胸騒ぎを肯定するように、控え室の窓の外では、黒い霧が渦を巻き始めていた。


その頃。

一人馬車に揺られ、精霊の慰めにも「もう、疲れたわ」と笑うアニエス。


実家の公爵邸に戻り、恐る恐る両親の待つ広間へ足を踏み入れた彼女を待っていたのは、労わりではなく、鼓膜を劈くような父の怒声だった。


「見ていたぞこの役立たずが! 婚約破棄だと!? どれだけ我が家がお前に投資してきたと思っているんだ!」


「申し訳、ございません……。ですが、王子殿下は……」


「言い訳をするな! あの女(亡き先妻)との間にできた、忌々しい血を引くお前をここまで育ててやったのは、お前が『精霊の乙女』だったからだぞ! それ以外に何の価値があるというのだ!」


父の隣では、後妻である義母と一歳年下の異母妹が、嘲笑を浮かべてその様子を眺めている。


「本当にお姉様は無能ですわね。せっかくの王子妃の座を棒に振るなんて。お母様、お姉様の教育がなっていなかったせいですわ」


「ええ、本当に。やはり卑しい血を引く子は、肝心なところで役に立たないわね」


アニエスは拳を握りしめ、床を見つめて耐えるしかなかった。政略結婚だった亡き母。愛されず、虐げられてきた日々。六歳で『精霊の乙女』と認められて以来、この家族の顔色を伺い、国のために祈りを捧げ続けてきた。その十数年が、一瞬で瓦礫のように踏みにじられた。

しかし、ひとしきり罵倒し終えた父は、急に不気味な笑みを浮かべて背後の書斎を振り返った。


「だがな、捨てる神あれば拾う神ありだ。素晴らしい支援者が現れたぞ! アニエスの冤罪を晴らし、王家へ多額の慰謝料と『王家の秘宝』を要求しようという計画を立ててくれたのだ! ハハハ! 少しはお前も役に立つ時が来たようだな!」


自分たちの利益のことしか考えない両親。

バカな元婚約者。


(……ああ、すべてがどうでもいい。もう、壊れてしまえばいいのに)


アニエスの心が真っ黒に染まるにつれ、周囲を舞う精霊の輝きも急速に弱まっていく。

主を失い、守り手の消えかけたアステリア精霊国。

その国境の暗がりに、かつて帝国で発生した「魔物」の群れが、静かに、確実に忍び寄っていた。


「……さあ、復讐の時間だ。精霊の乙女よ」


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