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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第2章

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第2章 2

ジャッカルが神木の闇を確信し、姿を消した数日後。

帝国は表面上の平和を取り戻していたが、フルールだけは、神木が発する微かな「不協和音」を感じ取っていた。


(……誰かが、泣いているの?)


その声は日増しに強くなり、フルールの心をかき乱す。公務に追われるギディオンの様子を伺っていたが、ついに彼女は意を決して彼のもとを訪ねた。


「ねぇ、ギディ……忙しいのはわかってるんだけど、神木の様子が気になるの。行きたい」


執務机から顔を上げたギディオンは、フルールの少し青ざめた表情を見て、持っていたペンを置いた。


「君が言うからには何かあるんだろう。……分かった。明朝、出発しよう」


翌朝。ギディオン、フルール、そして騎士団副団長のルーカスを加えた一行は、朝靄に包まれる神木の深淵へと向かった。


神木を囲む結界の中は、外界とは切り離されたような静寂に支配されていた。満開の桜が淡く発光し、風に揺れるたび光の粒子が舞い上がる。


そこで彼らが目にしたのは、桜の幹の根本で淡い光の繭に包まれ、まるで神木そのものに抱かれるように黒髪の赤ん坊が眠っていた。

フルールが思わず手を伸ばすと、光は静かに収まり、赤ん坊は彼女の腕の中へ。ふわりと開けられたその瞳は、吸い込まれるような深い黒色をしていた。


「ギディ、この子に何か感じる?」


「いや……何も感じない。だが、魔力も魂の気配も、あまりに純粋すぎて不気味なほどだ」


ギディオンが眉を寄せる傍らで、ルーカスがこれまでにないほど狼狽した声を上げた。


「ば、馬鹿な……! 神木から赤子が産まれるなど聞いたことがありません! しかもこの髪と瞳……まさか、王太子殿下の隠し……っ、いえ、なんでもありません!!」


「ルーカス、後でじっくり話を聞こうか」


ギディオンの冷ややかな視線を浴び、ルーカスは「失礼しました!」と直立不動で沈黙した。だがフルールは、それどころではない。ギディオンよりも、もっと深い場所で、この子と「繋がって」いるような奇妙な感覚。

王宮へ戻る馬車の中、フルールは言いようのない後ろ髪を引かれる思いで神木を振り返った。その瞬間、忘れていたはずの「ゲームの知識」が、鋭い痛みと共に蘇る。


『……レベル……100……になると……になる……』


「っ……!」


(レベル100になると、何が起こるの……? 私は、まだ何か大事なことを忘れている……?)


声なのか記憶なのか分からない。


王宮に戻るなり、一行を待っていたのは騒がしい再会だった。


「兄様、お帰りなさい! ……あれ? フルールお姉様の腕の中にいるの、赤ちゃん……?」


レオンが目を丸くし、隣に立つリリアがじっとその光景を見つめる。


「……兄様」


「なんだ、リリア」


「……はしたないです。信じられません。」


リリアの冷静沈着ゆえに冷え切った瞳が、ギディオンの胸を射抜く。


「……おい、待て。何を勘違いしている」


そこへ、国王が顔を引きつらせて駆け寄ってきた。フルールの腕の赤ん坊を見た瞬間、国王はワナワナと震えだす。


「ギ、ギディオン!! 私はあれほど、婚礼までは手を出すなと! 十八になるまでは気を付けろと! あれほど言ったのに!!」


「違います!!!!! 父上、落ち着いて髪と目の色を見てください!」


「あら、あなたがつい最近まで探していた色じゃない。赤ちゃんだけど。……可愛いわねぇ」


王妃が悠々と現れ、赤ん坊の頬を突いた。


「神木の中で、光に包まれて眠っていたんです」


フルールの説明に、ようやく国王は毒気を抜かれたように息を吐いた。


「ふむ……よく分からんが、神木が二人に託したというのか。しばらく王宮で預かるしかないか」


その後、フルールは王妃や乳母に付きっ切りで、赤ん坊の世話を教わることになった。


「あらフルール、手つきがいいわね。ギディとの子の前練習ができるわね」


「……っ! ま、まだまだまだまだ、早いですよ!」


顔を真っ赤にするフルールを、王妃は「ふふふ」と楽しそうに眺めている。

だが、その日の夕食時。空気は一変した。


「……東の国、精霊の国でジャッカルを見た者がいるらしい」


国王の重々しい言葉に、食卓が凍り付く。


「あやつが何を企んでいるのか。……牢にいる娘、ベアトリスに話を聞く必要がありそうだな」



ルミナリア帝国の地下牢獄。


捕らえられたベアトリスは、まるで見えない殻に閉じこもったように、誰が訪ねても一切の口を閉ざしていた。ギディオンやルーカスが何度問い詰めても、彼女はただ冷たく虚空を見つめるだけだった。


「……ベアトリス様」


フルールが一人で牢を訪れたのは、出発を数日後に控えた夜だった。

相変わらず無視を決め込むベアトリスに、フルールはふと思い出したことを口にする。


「……あなたの乳母が、泣いていました。あなたのお母様――かつての公爵夫人が大切にしていたという、小さな花の刺繍が入ったハンカチを握りしめて」


その瞬間、ベアトリスの指先がぴくりと動いた。


「お母様は、とてもお優しい方だったと聞きました。

…なぜそこまで、王太子妃に」


「……あなたに、何がわかるっていうの」


掠れた、けれど鋭い声が響く。ベアトリスが初めて、フルールを真正面から睨みつけた。その瞳には、今まで隠していた激しい感情が溢れ出していた。


「父は……母が亡くなってから、おかしくなったと乳母が言っていたわ。あの日から、父は人が変わったように、ずっと禁術の研究ばかりして……」


震える声が、静かな牢獄に響く。彼女は膝を抱える腕に力を込めた。


「なぜか父は、私をどうしても王太子妃にしたがっていたわ。……あの方に、自分を見てほしかった。あの方に望まれる通りに動けば、いつか……母を愛したように私を見てくれると思ったのに。でも、父の瞳に映っていたのは私じゃない」


ベアトリスは自嘲気味に口の端を歪める。その瞳には、執着の果てに残った虚無感が浮かんでいた。


「……父は、母のいないこの世界に絶望していた。ただ、世界を壊したかったのかもしれないわね。以前、父の書斎でアステリアの古い文献を読み耽っているのを見たことがあるわ。……どうせ父は、そこにいるんでしょ…」


ベアトリスはそこまで言うと、力尽きたように壁にもたれかかった。

彼女の独白を聞き、フルールは背筋に冷たいものが走るのを感じた。


(ジャッカルは最初から、神木だけじゃなくアステリアの力も狙っていたの……?)


彼女の独白を聞きながら、フルールはジャッカルの「歪み」の正体を知る。

番を奪われ、世界の理に絶望した男。

彼が向かったのは、精霊の国――。


そこには、彼が世界を終わらせるための「最後の手札」がある。


(ジャッカルの憎しみ……そして、あの赤ちゃんの正体……。レベル100になった時に起こること……)

すべてが繋がっているようで、肝心な何かが抜け落ちている。

フルールは、美しい桜の神木の方向を見ながら、胸騒ぎをただ静かに感じていた。


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