24
エテルナが切り拓いた光の道の先に、それはあった。
――満開の桜。
森の奥深くで、咲き誇る淡い花々。
だが近づくにつれ、フルールは胸を締めつけられるような違和感を覚えた。
美しい。
けれど――弱っている。
幹には細かな亀裂が走り、核のような中心部の光は、今にも消えそうに脈打っている。
「これが……神木……」
フルールは息を呑み、そして震える声で呟いた。
「……さくら……」
その瞬間だった。
「――桜……?」
ギディオンが、思わずというようにその名を口にした。
フルールがはっと振り返る。
「……なんで、その名前……?」
答えようとしたギディオンが、突然頭を押さえて膝をついた。
「うぁっ……!」
「ギディオン様!」
フルールが駆け寄った瞬間――
神木が強く光り輝いた。
桜の花弁が嵐のように舞い上がり、二人を包み込む。
温かく、優しく、それでいて抗えない光。
「フルール……離れるな……!」
「はい……!」
二人の手が強く結ばれた次の瞬間――
光が弾けるように消えた。
残されたのは、呆然と立ち尽くす騎士団だけだった。
「……え?」
「殿下!? フルールちゃん!?」
ルーカスが血の気を失った顔で叫ぶ。
だが、そこにはもう誰もいない。
風に舞う桜の花弁だけが、静かに地面へ落ちていく。
「くそ……神木の中に引き込まれたのか……?」
そのとき。
ルーカスの頭に、直接響く声が流れ込んできた。
――恐れることはありません。
――二人は今、神木の内へ導かれました。
――魂の真実を思い出すために。
――審判は、まもなく始まります。
「……っ!?」
騎士たちも一斉に頭を押さえる。
――世界の循環を担う資格があるか。
――真に結ばれるべき魂か。
――それを、今ここで確かめましょう。
静寂の森に、声だけが残る。
――審判の時です。
ルーカスは深く息を吐き、拳を握りしめた。
「……はは。とんでもねぇ展開だな」
空を見上げ、苦笑する。
「とりあえず……信じて待つしかねぇか」
桜の花弁が、再び風に舞った。
神木は静かに光を宿しながら、
二人の帰還を待つように佇んでいた。
光に包まれながら
彼の意識に、雪崩のように前世の記憶が流れ込む。
春の川沿い。
花吹雪の下で笑う女性。
「桜」と呼ぶたびに振り向いてくれる愛しい人。
――音也として生きた人生。
「……桜……」
崩れ落ちるギディオンを抱き支えたフルールの瞳に涙が溢れる。
「……音也……」
魂が、思い出した。
二人を包み込むように、神木の核が淡く光を強める。
だがその光は不安定で、今にも砕けそうだった。
「神木は……弱っている……」
そのとき、空気そのものが震え、頭の中に直接声が響いた。
――審判の時です。
ルーカスたちが息を呑む。
――魂の結びつきを示せ。
ギディオンは震える手でフルールの額に自分の額を合わせた。
次の瞬間。
神木の核が眩いほどの光を放つ。
ギディオンの漆黒の髪はほどけるように輝きを帯び、やがて王族本来の金色へと変わっていく。
闇を宿していた瞳もまた、深く澄んだ碧眼へと染まり直された。
まるで魂が正しき姿を取り戻したかのように。
「桜……! 桜!!!」
ギディオンは泣きながら彼女を抱きしめる。
「ずっと……探してた……条件ばかり追いかけて……」
「黒髪黒目の“番”という理想に縛られて、本当のお前を見ようとしなかった……!」
「番は与えられるものじゃなかった……魂で見つけるものだったんだ……!」
フルールも涙を浮かべて微笑む。
「やっぱり……あなたは音也だったのね」
その瞬間、ギディオンは彼女の首元に顔を寄せ――
ためらいなく歯を立て、深く噛みついた。
鋭い痛みと同時に、熱が一気に走り抜ける。
まるで魂そのものを刻みつけられるような感覚。
フルールの喉から小さく息が漏れ、身体が強く震えた。
魂が深く結びつき、神木がそれに応えるように強く輝く。
――番、確定。
桜の花弁が嵐のように舞い上がる。
――審判により認める。
魂の番、ここに成立せり。
光の波が帝国全土へと広がり、濁っていた魔力は澄み渡っていく。
それはフルールから溢れた力ではない。
彼女の魂の存在そのものが、神木に“正しさ”を思い出させたのだ。
神木は再び力強く息づき、世界の循環は完全に安定した。
静けさが戻ったあと。
ギディオンは深く息をつき、額に手を当てて苦笑した。
「まったく……お前といると心臓がいくつあっても足りん」
フルールはくすっと笑う。
「ふふふ!金髪も似合ってるわよ!」
桜吹雪の中で、二人は強く手を握り合った。




