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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第1章

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市場の賑わいの中、ギディオンは驚くほど手慣れた様子でフルールの手を引き、屋台を巡っていた。


「殿下、なんだか凄く詳しいですね」


「子供の頃、何度も変装しては城を抜け出して遊び回っていたからな。民の暮らしを知るには、ここが一番だ」


そう言って少年のように笑う彼に案内され、ふと一軒の雑貨店が目に留まった。そこには、星月祭の光を反射して美しく輝く腕輪が並んでいた。


「綺麗……」


だが、値札を見たフルールはそっと視線を外した。今の自分に買えない額ではないが、贅沢に慣れていない「おばあちゃん」の本能がブレーキをかける。

そんな彼女の様子を横目で見ていたギディオンは、ふと足を止め、優しく微笑んだ。


「少し歩き回ったな。喉が渇いただろう、そこの噴水のベンチに座っていろ。果実水を買ってくる」


彼が席を外している間、フルールはぼんやりと祭りの空を見上げた。

帝国に来てからの日々が、走馬灯のように駆け巡る。絶望の淵から魔物食を広め、必死に生きてきた。そして、今飲み物を買いに行ってくれている彼の後ろ姿に、優しかった前世の夫の姿が、どうしようもなく重なってしまう。


(音也も、こうやってデートの時に飲み物を買ってきてくれたわね……)


胸の奥が熱くなり、気づけばその名を、祈るように唇に乗せていた。


「……音也」

「――また、その名前か」


戻ってきたギディオンの声は低く、酷く傷ついた色を帯びていた。

ハッとして顔を上げると、彼は果実水と、小さな箱を手に立ち尽くしていた。


「あ……ごめんなさい、ギディオン様! 今のは、その……」


謝るフルールの前に、ギディオンは静かに膝をついた。そして、先ほど彼女が諦めたあの腕輪を取り出し、彼女の手首にそっと嵌めた。どうやら自分用もペアで買ってきたらしく、彼の腕にも同じものが光っている。


「ルル、君を妻に迎えたい。運命の番なんて関係ないと言いたいところだが……俺は君を正式に妻にするため、神木の元へ行こうと思う。俺の魂が、お前を選んだことを証明するために」


「ギディオン様……」


真っ直ぐなプロポーズ。嫌いではない、むしろ大切に思っている。けれど、音也を過去にすることもできない。そしていつか「本物の番」が現れた時に捨てられる惨めさを想像すると、今はまだ、その手を握り返すことができなかった。


「……あなたのことは嫌いではないの。でも、今は答えを出せません。私も、神木の元に一緒に行きたい。そこに、全ての答えがある気がするから」


フルールはゆっくりと、力強く頷いた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

翌朝、王宮の正門前には、精鋭揃いの騎士団と、旅の装いに身を包んだギディオンとフルールの姿があった。見送りに現れた皇帝と王妃、そして双子のレオンとリリアの表情は、いつになく真剣だった。


「必ず、生きて戻りなさい」


皇帝の重厚な声が響く。それは一国の主としてではなく、一人の父としての切実な願いだった。


「道中は険しい。だが、神木がお前たちの真実を認めるならば、必ず道は開けるはずだ。……待っているぞ」


王妃もフルールの手を優しく包み込み、静かに微笑んだ。


「フルールさん。ギディオンは頑固な子ですが、どうかよろしくお願いしますね。二人で支え合って、無事に戻ってきてください」


「はい、お任せください。必ずギディオン様と共にお戻りします」


フルールが深く一礼すると、足元に二つの小さな影が飛び込んできた。


「お兄様! フルール! 絶対だよ、絶対帰ってきてね!」


「……二人で笑って帰ってきてくれなきゃ、嫌ですからね!」


レオンとリリアが、必死に涙を堪えながら二人の服の裾をぎゅっと握りしめる。

ギディオンは膝をつき、二人を優しく抱きしめた。


「ああ、約束だ。次に会う時は、もっと良い報告を持って帰るよ」


双子の頭を撫で、ギディオンは真っ直ぐに立ち上がる。その瞳には、迷いのない光が宿っていた。


「――出立する!」

ギディオンの号令と共に、一行は静かに、けれど力強く神木の森へと歩みを進めた。



フルールのレベルは30。


騎士団と共に、万全の態勢で神木の森へと向かう。手首の腕輪が、持ち主の決意に呼応するように時折キラリと光った。


これまで騎士団が調査の際に残してきたはずの「目印」の杭――。それを一歩越えた瞬間、まるで世界の膜を突き破ったかのように、森の空気が一変した。


神木へと近づくにつれ、大気そのものに濃密な魔力が満ちていくのが分かる。

森の深部へ進むほど魔物の密度は異常なほど高くなっていった。

まるで神木に近づく者を試すかのように、休む間もなく現れる魔物たち。

フルールのステータスは、戦うたびに細かく、しかし確実に上昇を繰り返していた。


騎士団の剣と、フルールの召喚獣たちが激しく交錯する。倒した魔物は忘れずにアイテムボックスへ。フルールは召喚獣を使い、傷ついた騎士たちに回復を入れていく。だが、召喚獣でも癒やせない「精神的な疲労」が、じわじわと一行の体力を削っていった。

道中、フルールがこの世界に転生した瞬間に立ち寄った湖が見えた。


「少し休みましょう」というルーカスの提案で、一行は一旦休憩を取ることにする。


「懐かしい……。もう随分前のことみたい」


焚き火を囲み、仕留めた魚を焼く。パチパチと爆ぜる火を見つめていると、後ろでルーカスとギディオンが小声で話しているのが聞こえた。


「殿下、前から思ってたんですけど、フルールちゃんの召喚獣、また強くなってません?」

「気のせいではないな。明らかに成長している」


自分のステータスを確認すると、レベルは40に上がっていた。


(これなら、いける。神木のところまで……)


「無理はしていないか」


ギディオンが隣に座り、温かい飲み物を手渡してくれた。その温もりに触れ、フルールは決意を固める。


「大丈夫。……神木の審判が終わったら、あなたに伝えたいことがあるの」


転生のこと、前世のこと。あなたがかつての夫に似ていること。

全てを打ち明ける覚悟は、もうできていた。



湖を越えると、森の気配は一変した。

今までの魔物とは比べ物にならない大型の個体――上級の魔物たちが、まるで何かを守るかのように行く手を阻み、周囲をうようよと蠢き始める。騎士団も必死に応戦するが、溜まった疲労が動きを鈍らせ、限界の色が見え始めたその時だった。


「……っ、ドラゴン!」


咆哮一つで巨木をなぎ倒し、森の主として君臨する漆黒の巨体が姿を現した。

全身を刃のような鱗で覆い、深紅の瞳が冷酷に獲物を定める。


「……やべぇのが出てきたな、これは」


ルーカスは冷や汗を拭いながらも、鋭い眼光で戦況を見据える。

ドラゴンの狙いは、中心で召喚を続けるフルールだった。巨体が空気を切り裂き、彼女を目掛けて凄まじい速度で突進する。


「フルールちゃん! ――お前の相手はこっちだよ!」


間一髪、ルーカスが獣のような遠吠えを上げてドラゴンの正面に割り込み、剣を叩きつけて注意を逸らした。

その隙にギディオンの指示が飛ぶ。


「攻めろ! 怯むな!」


騎士団の総攻撃と、フルールの放つ召喚獣たちの猛攻。凄まじい爆煙と地鳴りが森を揺るがし、ついに巨体が膝をつき、崩れ落ちた。

倒した――誰もがそう確信し、一瞬の安堵が流れた。

だが。


「フルール、危ない!」


ギディオンの叫びが轟く。倒れてなお、ドラゴンは執念深くフルールを見据え、その巨大な口に灼熱の炎を溜めていた。

間一髪、ギディオンの剣がドラゴンの喉元を深く、深く貫く。

だが、致命傷を負わされてなお、ドラゴンは最後の力を振り絞り、鋭い爪をギディオンの胸元へ向かって振り下ろした。


「もう、置いていかれるのは嫌よ!!」


前世で、最愛の夫を見送ったあの時の絶望。何もできなかったあの日の記憶が、フルールの叫びとなって爆発した。

その瞬間、彼女の内に眠る魔力が奔流となって溢れ出し、ステータス画面が激しく明滅する。


【レベルが50に到達しました。上級召喚が解放されます】


「出なさい!!」

「静寂の空に輝く永遠とわの標、白銀の守護翼――エテルナ!」


フルールの叫びに応じ、光の中から現れたのは、巨大な翼を持つ白銀の聖獣。エテルナは天高く舞い上がると、その神々しい双翼を大きく広げ、大気中の魔力を一点に凝縮していく。


放たれたのは、星の煌めきを凝縮した純白のブレス。

ドラゴンの硬質な鱗を紙のように焼き切り、絶大な威力でその息の根を確実に止めた。光の奔流はさらに加速し、ドラゴンの背後に立ち塞がっていた深い森をも一筋の「光の道」へと変えてしまう。

地響きを立てて、巨体は今度こそ完全に沈黙した。

静寂ののち、沸き上がる騎士団の歓声。ルーカスは肩で息をしながら、倒れたドラゴンの姿を呆然と見上げ、乾いた笑いを漏らした。


「……生きて帰れそうだな、こりゃ。奇跡だぜ、全く」


ルーカスがそう呟くのも無理はない。エテルナが切り拓いたその道の先には、この世のものとは思えないほど清浄で眩い光を放つ場所があった。


「あそこね……」


ついに辿り着いた。

すべての真実と答えが待つ、神木の元へ。


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