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『豊穣の星月祭』の喧騒が王宮の隅々まで届く中、王太子執務室の奥にある私室では、張り詰めた空気が漂っていた。
ギディオンは、父である皇帝と母である王妃を前に、固い決意を口にしていた。
「父上、母上。私は……フルールを、生涯の伴侶にしたいと考えております」
その言葉に、王妃が微かに目を見開いた。
「ギディオン。彼女がこの国の救世主であることは認めます。ですが、彼女はあなたの『番』ではないのですよ?」
「分かっております。ですが、今の帝国を見てください。魔物を狩り、食べる文化が根付いたことで、平民までもが自警討伐隊を組み、自ら魔物を退治し始めています。これまで騎士団が負っていた負担は激減し、魔物の異常増加も抑えられている……。これはすべて、彼女がもたらした奇跡です」
ギディオンは真っ直ぐに両親を見据えた。
「私は、不確かな運命や『番』という理よりも、自分の魂が選んだ相手を信じたいのです」
皇帝は重厚な沈黙のあと、静かに口を開いた。
「気持ちはわかる。だが、いまだ帝国の魔力バランスは不安定なままだ。見過ごすわけにはいかん。もしお前が番以外を娶り、魔力がさらに乱れれば、魔物が再び溢れ出す可能性もあるのだぞ」
王妃も、案ずるように言葉を継ぐ。
「何より、いずれ真実の番が現れたとき、誰よりも傷つくのはフルールさん本人なのですよ。彼女をそんな残酷な立場に置くつもりなのですか?」
ギディオンは悔しそうに唇を噛んだ。反論できない正論が、胸に突き刺さる。
「……そこまで言うのであれば、神木の元へ行き、審判を仰ぎなさい」
皇帝の厳格な声が響いた。
「お前の愛が、帝国の理を超えられるかどうか。神木がお前に答えを出すだろう」
~レオンとリリアのお忍び大作戦~
一方その頃、第二皇子レオンと第一皇女リリアは、こっそりと「作戦会議」を開いていた。
「……ねぇ、リリア。お兄様って絶対にフルールのこと好きだよな?」
レオンが真剣な顔で切り出すと、リリアは「あら、レオンにしては珍しく鋭いわね」と、少し意外そうに頷いた。
「当たり前だろ! 兄様のあの顔、見たことないぞ。……フルールは兄様の『番』じゃないみたいだけど、さ。俺は、フルールがいいんだ」
「奇遇ね、私もよ。あんなベアトリスみたいなお姉様になるのは御免だわ」
二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「兄様とフルールが結婚したら、フルールは本当に俺たちの『姉様』になるんだよな?」
「ふふ、そうね。……応援するしかないわね、これは!」
二人はすぐに行動に移した。護衛を最小限に付け、変装をして祭りの街へと繰り出したのだ。
目的は、デート中のはずの兄とフルールを見つけること。
「あ! 見つけたわ!」
リリアが指差した先には、茶色のウィッグで変装したギディオンと、ピンク色の髪にメガネをかけたフルールがいた。
二人は屋台の前で、東の国の豆を大切そうに抱えて笑い合っている。
「……心配しなくても、もう夫婦みたいだよな」
レオンが呆れたように、けれど嬉しそうに呟く。
「そうね。兄様、あんなに優しく笑っちゃって……」
「よし、俺たちも祭りを全力で楽しもうぜ! 父様と母様にお土産も買わなきゃな!」
「ええ! 美味しい魔物食の屋台も全部回りましょう!」
仲良く駆け出していく幼い皇子と皇女の背中を、後をつけていた護衛たちは、温かな眼差しで見守るのだった。




