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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第1章

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その日の夜明け前、帝国の守り神である「神木」が、誰にも聞こえぬ声で悲鳴を上げた。

大気を震わせる不穏な残響。それは、これから始まる大きな変化の予兆か、あるいは何かの終わりの合図か。人々の歓喜に沸く祭りの裏で、世界だけがその震えを知っていた。


「……いよいよ、お祭りが始まるのね」


朝、窓から見える賑やかな城下町の準備風景を眺めながら、フルールは小さく息をついた。

昨夜までは楽しみで仕方がなかったはずなのに、いざ当日となると、どうにも落ち着かない。


胸の奥が、熱を持ったように重苦しい。そんな奇妙な感覚に戸惑っていると、コンコンと離れの扉が控えめに叩かれた。


(またギディオン様かしら……。会いたいような、会いたくないような。なんだか、うまく息ができない感じがするわ)


予想に反してやってきたのは王宮の執事と、大量の荷物を抱えた侍女たちだった。


「フルール様、ギディオン殿下より、本日の儀式のための贈り物でございます。お受け取りください」


運び込まれたのは、目が眩むほど精緻な刺繍が施されたドレスと、王宮の宝物庫から出してきたような宝飾品の数々。執事がミーナに早口で指示を出し、フルールはあれよあれよという間に椅子に座らされた。

数時間後、鏡の中にいたのは、見知らぬ高貴な乙女だった。


「……誰なの、これは……」


透き通るような白髪は丁寧に編み込まれ、そこには月の雫のような真珠が散らされている。公爵の地位に相応しい気品と、どこか浮世離れした神々しさが漂っていた。

準備が整った頃、迎えに現れたのは、正装に身を包んだギディオンだった。

彼は部屋に足を踏み入れるなり、その場に釘付けになったように足を止めた。


「……“聖女”様みたいだな」

「……冗談でもやめてください」

「お世辞じゃないぞ。本当に、綺麗だ」


ギディオンはそう囁くと、フルールの手を取り、跪いてその甲に優しく口づけを落とした。


フルールが照れ隠しに頬を染めて視線を逸らすと、ふと気づいてしまった。自分のドレスの刺繍と、彼の外套の裏地や飾りの色が、さりげなくお揃いになっていることに。


(……気づかなかったことにしましょう。そうよ、偶然よ。おばあちゃん、落ち着きなさい)


王宮の大広間の扉が開かれると、そこには王族や高位貴族たちが勢揃いしていた。

何百もの視線が突き刺さる中、フルールはミーナに特訓されたカーテシーを完璧にこなしてみせる。

皇帝から「一代限りの公爵」の位と、逃走したジャッカル伯爵が治めていた領地、そして溢れんばかりの褒賞が授与されると、広間は割れんばかりの拍手に包まれた。

その後、バルコニーへと促され、フルールは眼下に広がる広場を見下ろした。

そこにいたのは、自分を救世主として仰ぐ、無数の帝国民たち。


「フルール様ー! ありがとうございます!」

「フルール様、万歳!!」


自分一人の名が、波のように街中に響き渡る。

この国に来てから、ただ「生きるために」必死に魔物を狩り、その食べ方を伝えてきただけ。けれど、偏見を捨てて魔物食を広めたその一歩が、飢えに苦しむ人々を救い、これほど多くの笑顔に繋がっている。


(ああ……。信じて、魔物食を広めてきてよかった……)


胸の奥から熱いものが込み上げ、フルールの視界が潤んだ。彼女の人生において、これほどまでの感激を味わったことはなかった。



~午後:秘密の変装デート~

お披露目という大役を終えたあと、フルールは再びミーナによって「変装」を施された。

今度はピンク色に染められた髪に、可愛らしいワンピース、そしてメガネ。


「え、なになに、なんでこんな格好!? また別人みたいなんだけど!」


驚く彼女を外で待っていたのは、茶色のウィッグを被った「普通の青年」姿のギディオンだった。


「さあ、行こうか。……はぐれないように、しっかり掴まっていろ」


ギディオンは当然のようにフルールの手を握った。フルールは顔を赤くしながらも、自分に言い聞かせる。


(そうよ、これはギディオン様"が"迷子にならないためよ。王太子様がこんな人混みで迷子になったら一大事だもの。決して、浮気じゃないわよ音也!)


賑わう街並み、屋台から漂う香ばしい匂い。フルールは目的の場所を見つけるなり、ギディオンの手を引いて駆け出した。


「あったー! これよ、これ! お米に、お味噌……大豆もある!」


東の国の屋台で、宝石を見つけた子供のように目を輝かせるフルール。


「それは……ただの豆か? ドレスや宝飾品より、お前が一番喜ぶのがこれとはな」


「何か言った?」


「……いや。お前らしくて安心した」


ギディオンは優しく目を細め、繋いだ手にそっと力を込めた。


「今日は帰りたくなくなるまで、付き合ってもらうぞ、フルール」


その力強い言葉に、フルールはこれからの楽しい時間の予感で、胸をいっぱいに膨らませるのだった。



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