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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第1章

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「んーーーー! よく寝たわ!」


窓から差し込む柔らかな光を浴びて、フルールは大きく背伸びをした。

どうやら、あの頭痛のあと二日間も眠り込んでいたらしい。起きて早々、ミーナに「心配したんですよぉ!」と泣きつかれてしまった。

聞けば、ギディオンは執務の合間を縫っては様子を見に来て、フルールの手を握りしめ、ずっと傍を離れなかったのだという。


(……目が覚めた報告とお礼を言わなきゃいけないわね)


身支度を整え、王宮へと向かう道すがら、フルールは倒れる直前の記憶を手繰り寄せようとした。

何か、とても大事なことだった気がする。……けれど、思い出そうとすると頭の中にモヤがかかり、ツキンと小さな痛みが走る。

そんなことを考えていると、向こうから見覚えのある姿が歩いてくるのが見えた。


「フルール! 目が覚めたのか!」


ギディオンが、パッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。

その様子に、周囲の従者たちがザワついた。


「体調はどうだ。痛いところなどはないか?

食事は終わったのか?2日も眠っていたからな、

しっかり食べたんだろうな?」


(笑っている……あの『漆黒の闇王子』とまで言われたあのお方が、あんなに嬉しそうに笑っている……)

(いや、あの笑顔はフルール様限定だぞ。見ろよ、あのデレデレ具合……)


「(近い近い近い近い!)ギギギディオン様、

その節はご心配をおかけしました……」


フルールが気圧されて一歩引こうとした瞬間、逃がさないと言わんばかりに、ギディオンの大きな手が彼女の手首をガシッと掴んだ。


「――どこへ行く。ちょうど時間が取れたところだ。お茶でも……、いや、お茶を飲んでいけ。断ることは許さん」


「えぇっ!? いえ、私は新しい魔物食の調査を……」


フルールが戸惑いながらも手を引こうとするが、ギディオンは指一本分も力を緩めない。それどころか、まるで迷子を保護した親のような、あるいは獲物を捕らえた肉食獣のような、必死さと強引さが混ざった視線を向けてくる。


「……調査など後でいい。俺の目の届くところで大人しくしていろ」


(な、なにこの強引さ!? おばあちゃん、こんなに激しく迫られたら心臓がもたないわよ……!)


「でっ...でも」


フルールが断りかけると、ギディオンはあからさまに肩を落とし、大型犬のようにしょんぼりとした。


「……ぐっ、分かったわよ、お茶にします……」


その破壊力抜群の落ち込みっぷりに、おばあちゃん(中身)は根負けしてしまった。


「そうか。では、すぐに向かおう」


ぱっと表情を明るくしたギディオンは、フルールの手首を掴んだまま、さっさと歩き出そうとする。そんな主君の現金な様子を見て、傍らに控えていたルーカスが深く、深く溜息をついた。


「……殿下、あとの書類仕事と騎士団への報告は、私がすべて引き受けておきますよ。ええ、もう好きにしてください」


ギディオンは歩きながら、背後を振り返りもせずに片手を挙げて応える。


「すまない、ルーカス。頼んだぞ」


「はいはい、分かりましたよ。……全く、誰があの氷の殿下をあんなふうにしたんだか」


呆れ顔で首を振るルーカスをその場に残し、フルールは半ば引きずられるようにして王宮へと連行されていった。


王宮の執務室でお茶を飲みながら、フルールは気になっていたことを尋ねた。


「あの、ギディオン様。……『黒髪黒目の乙女』の方は、どうなったの?」

その問いに、ギディオンがカップを持つ手をピタリと止める。


「……地下牢だ。王族を騙り禁術を用いた罪、そしてお前への害意。それ相応の裁きを受けてもらう。もう二度とお前の前に現れることはない」


ギディオンの声は冷徹だったが、フルールを見つめる瞳には深い安堵が混じっていた。


「そう……。せっかく待ち望んだ『番』かと思ったのに、残念だったわね」


「残念などあるものか。……あんなものより、お前が無事であることの方が、俺にとっては数万倍重要だ」


「な、何を言って……。あ、そうだ! 話を変えるけど、豊穣の星月祭……というのがあるそうね!」


あまりに真っ直ぐな言葉に耐えきれず、フルールは慌てて話題を切り替えた。


「ああ、帝国で最も重要な祭りだ。当日は王族が民の前で挨拶をするんだが、そこでフルールのこれまでの功績を称え、父上から褒賞なども与えられるらしいぞ」


「へぇ~……って、褒賞!? そんなのいらないわよ!」


「貴族たちの手前、受け取らないわけにはいかないだろう」


「えぇ~……」


「……褒賞と聞いて、ここまで嫌そうな顔をする奴がいるとはな」


ギディオンは苦笑するが、フルールは真剣だ。


「だって、何が来るか想像できないじゃない。それに私、落ち着いたらこの帝国以外も見て回りたいと思っているし!」


その言葉に、ギディオンの空気が一変した。


「……なんだって?」


「な、なんで怒るのよ! ギディオン様の『本物の番』が現れたら、私がここにいると何かと問題になりそうでしょ!」


ベアトリスに言われた「出番はない」という言葉。あながち間違いではないと、フルールは思っていた。

けれど、ギディオンは一歩踏み込み、対面に座っていたはずが、いつの間にかフルールの隣に腰を下ろしていた。


「問題になど、させるわけがないだろう」


「へっ? なになに、近いわよ」


「……“ルル”」


ギディオンが、低く甘い声でフルールの愛称を呼び、その手を優しく、けれど逃がさないように握りしめる。


(その色気はしまってー! 音也、私には音也という大事な人がいるんだからダメなのよ、ダメダメ!)


心の中でおばあちゃんは大パニックだ。

コンコン。


「ギディオン様、よろしいでしょうか」


絶妙なタイミングで入ったノックの音に、ギディオンが小さく舌打ちをする。


「そ、そろそろ行くわね!!!!」


フルールは真っ赤な顔をして、早歩きで執務室を飛び出した。

離れに戻っても、フルールの心は悶々としていた。

音也に似ているようで、似ていない彼。

ベアトリスの件以降、明らかに彼の態度は変わった。自惚れでなければ、そこには明確な「好意」がある。一度結婚した身として、さすがに鈍感ではいられなかった。


「ど、どうしよう音也~~~っ!」


空を見上げて叫ぶ。

考えを振り切るように、フルールは王宮図書館で「帝国以外の国」を調べ始めた。


「適当に『東の方から来た』なんて言っちゃったけど……本当にあるのね、東の国」


大きな海を渡った向こう側。そこには、フルールの知る「故郷」に似た国が存在していた。

何より目を引いたのは、その食文化だ。


「え、これって……米! 味噌! 納豆! 大豆があるわぁ~!!!!」


大喜びでその一冊を借り、離れに戻る。昼食を用意していたミーナに早速尋ねてみた。


「あちらの国とは、最近まで交流が止まっていたんです。でも、魔物食の普及で外交や輸出入が再開されたそうで。今度の祭りの出店には、珍しい東の国の食材も並ぶかもしれませんね」


「まあ! 行きたいわ、絶対に行くわ!」


現金なもので、食い気が勝ったフルールのワクワクは止まらない。

ミーナによれば、星月祭はみんな着飾って外に出る特別な日で、出店が立ち並ぶ中、プロポーズをする人も多いのだという。


「なんだか、とても楽しそうね!」

懐かしい故郷の味に出会えるかもしれない。

祭りの日の到来を、フルールは心待ちにするのだった。

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