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ベアトリスが連行され、離れに静寂が戻ったのも束の間だった。
「ふぅ……。なんだか、嵐のようなお嬢さんだったわねぇ」
フルールがホッと息をつき、乱れた空気を入れ替えようと窓へ歩き出した、その時。
――キィィィィン、と。
脳裏を劈くような強烈な頭痛が彼女を襲った。
(な、に……これ……っ)
視界が歪み、現実の景色がひび割れ、その隙間から濁流のように『記憶』が流れ込んできた。
『ねぇおばあちゃん、見てよ! このゲーム、ついに隠しボスのレベルが100に……』
『……このゲーム……レベル100……と、主人が……』
前世で、大好きだった孫がテレビ画面を指差しながら、自分に楽しそうに話しかけている。その光景が、今の自分の「召喚師」としての力と不気味に重なり合う。
「あ、あ……っ」
大量の汗が吹き出し、フルールはその場に崩れ落ちそうになった。
「フルール!!!!!」
ギディオンが、青ざめる彼女の肩を強く抱きとめた。
「どうした! あの女に何かされたか!
毒か!?呪いか!?」
「(はぁ、はぁ……)だ……いじょうぶよ。急に、頭が痛くなっただ……け……」
言い切る前に、視界がふわりと浮いた。
「!!!!??????」
「寝室はどこだ!」
「こ、こちらです!」
ギディオンに軽々とお姫様抱っこをされ、フルールは混乱で目を白黒させた。
「ちょ、ちょっと……大丈夫だって言って……」
「大丈夫なわけないだろう! 震えているし、顔も真っ青だ。明日の狩りは中止だ!」
ギディオンは聞く耳を持たず、フルールを壊れ物でも扱うかのように、そっとベッドへ下ろした。
(な、なんか……今日のギディオン様、雰囲気が違わない……!?)
(だ、ダメよフルール! 私には音也という大事な人がいるのよぉぉおおお~っ!)
心の中でおばあちゃんは大パニックになり、思わず両手で顔を覆い隠した。
「……熱でもあるのか」
大きな手が、そっと彼女のおでこに触れる。
(あ……。この手……。私、知ってるわ……)
どこか懐かしく、安らぎに満ちたその体温。パニックだった心は急速に凪いでいき、代わりに抗いようのない眠気が彼女を包み込む。フルールはそのまま、深い眠りへと落ちていった。
翌日、執務室。
「――伯爵が見つからないだと……?」
ギディオンの冷徹な声が響く。案の定、ジャッカル伯爵は娘を見捨てていた。ベアトリスからの連絡が途絶えた時点で、自身の失敗と保身を悟ったのだろう。
ジャッカル伯爵の番であった妻は、ベアトリスを出産した際に命を落としている。彼にとって「番」も「娘」も、己の野心を叶えるための道具でしかなかったのかもしれない。
騎士団が突入した伯爵邸の地下室からは、禁術に使用されたと思われる魔物の死骸や、不気味な薬品が大量に発見された。
「……鼠め、逃げ足だけは早いな」
ハイエナの末裔だけあって、潜伏の巧妙さは一級品だ。すぐに街の全域に捜索指示を出したが、すぐに見つけ出すのは困難だろう。
「……今は、捜索を続けつつ、目前の準備を優先させる」
暦によれば、数日後には帝国全土が沸き立つ、一年で最も華やかな**『豊穣の星月祭』**が控えている。
「伯爵も、これほどの大祭の最中に目立った動きはできまい」
ギディオンはそう断じたが、眠り続ける少女の顔を思い浮かべながら、その胸には拭いきれない不安が渦巻いていた。




