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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第1章

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18

ベアトリスは、客室の鏡に映る自分の顔を睨みつけていた。


「……一向に、あの御方の心に触れられない。それどころか、最近は避けるような素振りまで……!」


苛立ちを助長させるのは、父・ジャッカル伯爵から届いた「まだ落とせないのか」という督促の手紙だ。焦りに駆られた彼女がメイドたちの会話を盗み聞きすると、衝撃的な事実が耳に入った。


『ギディオン様、今日も離れの方へ行かれたそうよ。あそこにいらっしゃる女の子、随分とお気に入りみたい』


『確か、魔物食を広めたのも彼女よね? 供給も安定してきたし、これからどうするのかしら。ギディオン様が手放すとは思えないわよねぇ』


「……女!? あの御方が、女を囲っているというの?」


ベアトリスの顔が、嫉妬と怒りで般若のように引き攣った。扉を荒々しく開け放ち、逃げようとしたメイドの腕を掴んで引きずり出す。


「ひっ、ベアトリス様……!?」


「その女は、どこにいるの! 言いなさい!」


ベアトリスは、怯えるメイドの顔に扇子を突きつけた。


「……は、離れの……庭園の奥にある館に……」


「たかが平民の女が、この私の邪魔をするというのね……!」


激昂したベアトリスは、メイドの手から無理やり雑巾を奪い取ると、それを床の汚水に浸し、あろうことかメイドの口元へ押しつけた。


「いい? ギディオン様の『番』は私よ! 泥棒猫の肩を持つような汚い口は、これで拭っておきなさい!」


「も、もふっ……っ!!」


泣き叫ぶメイドを突き飛ばし、ベアトリスはヒールの音を高く鳴らして廊下を突き進んだ。その瞳には、今すぐにでもその「女」を排除してやりたいという殺意が宿っている。

だが、角を曲がった先に、冷ややかな視線で自分を見下ろすギディオンが立っていることなど、この時の彼女は知る由もなかった。


執務中のギディオンの目を盗み、ベアトリスは怒りに任せて離れへと向かった。


「ごめんください」


扉を開けたフルールは、目の前に立つ派手な黒髪の少女を見て目を瞬かせた。


対するベアトリスは、フルールの姿を上から下まで舐めるように見回すと、透き通るような白髪と整った顔立ち……その若々しく圧倒的な美貌に、激しい嫉妬を剥き出しにした。


「なっ……なによ、ただのガキじゃないの!!」


ベアトリスは叫ぶように言い放ち、フルールを指差して声を荒らげた。


「あなたね、ギディオン様に気に入られている女って。私はギディオン様の『番』なのよ! あなたみたいなガキがいるから、ギディオン様は私を見てくれないんじゃないの」


(このお嬢さん、ギディオン様のことが本当に好きなのかしら。怒って毛を逆立てている猫みたいで、なんだか可愛らしいわねぇ)


「所詮は旅人の平民でしょ? 魔物食も広まったことだし、もうあなたの出番はないのよ。今すぐ消えなさい!」


「……!」


背後にいたミーナが憤慨して身を乗り出そうとするが、フルールがそっと手で制した。


前世でわがままな孫や近所の子を諭してきたフルールにとって、この程度の罵倒は子供の癇癪に等しい。


「で……お嬢さん。あなたは『番』になって、この帝国で何をしたいのかしら」


「は?」


「まさか、番になって終わりだとでも?」


フルールの静かな問いに、ベアトリスは鼻で笑った。


「はっ! あなたのようなよそ者に、番の何がわかるっていうの? 番はそこにいるだけで愛される存在なの。ましてや王太子様の番なら、この帝国の頂点に立つ女性になれるのよ!」


(……まるでお子様がお姫様に憧れるような物言いね)

フルールは内心でため息をつく。


「その頂点に立ち続けるのに、努力は不要だとでも?」


「あ、当たり前でしょ! 私は選ばれたのよ!」


「――らしいわよ、ギディオン様」


フルールが視線を扉の方へ向けると、そこには冷徹な表情のギディオンが立っていた。


「ハハッ! そんな番はお断りだな」


「なっ、いつの間にここに!?」


ベアトリスが絶句する。彼女がフルールに掴みかかろうとした瞬間、ミーナが機転を利かせて呼びに行っていたギディオンが姿を現したのだ。その隣には、鋭い眼光で周囲を警戒する騎士団副団長、ルーカスも控えている。


「ギ、ギディオン様! 今のは、その……この女が不遜な態度を!」


「不遜なのはお前の方だろう、ベアトリス嬢」


ルーカスが冷ややかな声で割って入る。


「君がメイドに強いた非道な振る舞いも、今しがたフルール殿に向けた暴言も、すべて報告を受けている。騎士団副団長として、また王宮の治安を守る者として、見過ごすわけにはいかないな」


「これ以上、お前と話すことはない。……ふん、案の定、瞳の色も戻っているしな」


ギディオンの言葉に、ベアトリスが「は?」と困惑した瞬間、フルールが不思議そうに彼女の顔を覗き込んだ。

「あら、綺麗な紫色ね」


「えっ? な、なんで……お父様は毎朝目薬をさせば大丈夫だって……!」


思わず口走ったベアトリスに、ギディオンが軽蔑の視線を投げかける。


「さしずめ、あのハイエナは数日で俺を籠絡できるとでも思ったんだろうな。副作用で魔力循環が乱れれば、禁術の効力が切れることも知らせずにな。……手っ取り早く既成事実でも作って、俺を縛るつもりだったんだろう」


「き、既成事実……!?」


フルールは顔を真っ赤にして絶句した。80歳の中身があっても、今の15歳の体には刺激が強すぎる言葉だ。


「なんだ、お前。純情なフリをして、そんな言葉は知っているんだな」


羞恥に震えるフルールを見て、ギディオンはなぜか面白くなさそうに眉を寄せた。横でルーカスが「殿下、あまり女性を揶揄うものではありませんよ」と、呆れたように釘を刺す。


「とにかく、王族を騙った罪で連行しろ。ルーカス、任せるぞ」

「承知いたしました。……おい、連れて行け」


ルーカスの合図で、控えていた騎士たちが、泣き叫ぶベアトリスを両脇から抱え上げる。


「伯爵は逃げ足だけは早いからな。ルーカス、しらみ潰しに探し出せ」


「ハッ! 騎士団の威信にかけて」


ルーカスは騎士たちを指揮して足早に去り、嵐のような騒がしさが消えた。

離れには気まずい沈黙と、顔を真っ赤にしたままのフルール、そして彼女をじっと見つめるギディオンだけが残された。



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