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「番探しの王子と転生おばあちゃん~王子様、私は黒髪黒目じゃありません~」  作者: 栗原林檎
第1章

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「ふんっ、はっ……!」


演習場の隅で、フルールは小振りの練習用剣を振り抜いていた。


「ミーナには散歩に行ってくるって言っちゃったけど……。あの子に言うと、また『頑張りすぎです!』って止められちゃうものね」


最近ではレベルが上がったおかげか、長い呪文を唱えずとも、名前を呼ぶだけで召喚獣が応えてくれるようになった。けれど、もし背後を取られたら? 召喚が間に合わなかったら?

おばあちゃんの慎重さは、いつだって最悪の事態を想定する。


(それに……体を動かしてないと、あの噂のことばかり考えちゃうわ)


"黒髪黒目の運命の番"


その言葉が頭をよぎるたび、胸の奥がちりちりと焼けるように痛む。そのモヤモヤをかき消すように、フルールはがむしゃらに剣を振った。


「あれ、フルールちゃんだ! 何してるの?」


不意に声をかけられ、フルールは動きを止めた。そこには、すっかり顔馴染みになった騎士たちが数人、笑顔で立っていた。


「みなさん! あ、ちょっと剣の練習を……」


「相変わらず真面目だねぇ。でも、そういう一生懸命なところが可愛いよなぁ」


「うんうん。こんなに純粋で努力家で、おまけに料理も上手い子、そうそういないよ」


屈託のない褒め言葉の嵐に、フルールは苦笑いする。


「もう、皆さんお世辞が上手なんですから」


「えっ!? お世辞なんかじゃないよ!」

「ねぇねぇ、もし良かったら今度、俺とデートしない?」

「あっ、抜け駆けはずるいぞ! 俺だってフルールちゃんのこと狙って……」


その時だった。


「――お前たち、何をしている」


背後から、大気を震わせるような凄まじい圧力を伴った声が響いた。

騎士たちは一瞬で顔をこわばらせ、直立不動になる。


「ヒィィィ! 団長ぉぉぉ!!」


そこには、肩で息をし、全身からどす黒いオーラを放つギディオンが立っていた。


「訓練の量を倍に増やされたくなければ、今すぐここから立ち去れ」


「ハッ!! 失礼しましたぁ!!」


騎士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく中、フルールだけが不思議そうに首を傾げた。


「ギディオン様? どうしたんですか、そんなに汗をかいて……」


フルールは手近なポケットからハンカチを取り出すと、背伸びをして、彼の額に滲んだ汗を優しく拭った。


(あの女には指先すら触れられたくなかったというのに……)


ギディオンは、自分の肌に触れる小さくて柔らかな手の温もりに、強く目を閉じた。そして、その手をそっと、壊れ物を扱うように自分の大きな手で包み込んだ。


(ギディオン side)

ベアトリスのいる本館を飛び出し、急ぎ足で離れに向かった。

だが、ミーナから告げられたのは「フルール様はお散歩に出かけました」という言葉。

近くにいるはずだと探し回ったが、どこにもいない。図書館にも足を運んだがいなかった。

焦燥感に駆られながら歩いていると、騎士団の演習場の方から楽しげな話し声が聞こえてきた。

そこには、数人の騎士に囲まれて困ったように笑うフルールの姿があった。

騎士の一人が彼女をデートに誘った瞬間、それだけで理性が焼き切れそうになったが、脳裏には数日前の市場での彼女の言葉がこびりついて離れない。


(あの、夢の中の話といい……)

『音也という伴侶がいる』。


そう叫んだ彼女の必死な顔。たとえ夢だとしても、自分以外の男の名を、それも「伴侶」などという言葉と共に口にしたことが、どうしても許せなかった。

騎士たちへの怒り、そして正体の知れない「夢の男」への激しい焦燥。

それらが混ざり合い、胸の奥で煮えくり返るような感覚。


(……そうか。俺は、これほどまでに嫉妬をしているのか)


ベアトリスが隣にいた時の吐き気とは正反対の、激しい独占欲。

なぜ「色」の違う彼女に、これほどまでに心が乱されるのか。


(そうか……。俺は、フルールが好きなのか)


伝説の「色」でも、義務でもない。

ただ、目の前で微笑むこの少女を一人の女性として愛しているのだと認めた瞬間、憑き物が落ちたように心が軽くなった。

繋いだままの手を通して、彼女の鼓動が伝わってくる。夢の中の男だろうと、現実の騎士だろうと、お前を渡すつもりはない。

伝説が何を告げようと、俺の心が選んだのはお前だけだ。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

同時刻、騎士団本部の執務室。

副団長のルーカスは、山積みになった演習報告書を片付けながら、ふと窓の外を眺めて独り言を漏らした。


(……やれやれ。団長(殿下)ってば、絶対フルールちゃんのこと好きだと思うんだよなぁ、僕は)


つい先ほど、殺気立った様子で演習場へ向かったギディオンの背中を思い出し、ルーカスは深く椅子にもたれかかった。普段は冷徹そのものの「氷の貴公子」が、あんなに余裕なく一人の少女を追いかけるなんて。


(でも、番じゃないんだよな……。よりによって、あんな胡散臭いベアトリス嬢が『色』を持って現れるなんて皮肉なもんだよ。……あんなに必死な団長なんて初めて見た。運命なんてどうでもいいから、僕はあの二人には幸せになってほしいんだけどな。……はぁ、あの暴走団長に振り回される僕の身にもなってほしいよ、全く)


ルーカスはペンを回しながら苦笑いし、再び書類の山へと向き直った。


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