10
静まり返った食堂に、
きゅるる……と小さな音が響いた。
「……」
一瞬の沈黙。
フルールは両手でお腹を押さえ、頬を赤らめる。
「……あら」
レオンが目を丸くした。
「いまの、腹の音?」
「き、聞こえてました?」
「ばっちり!」
王妃がくすっと微笑む。
「話が長くなってしまいましたね」 「まずは食事にいたしましょう」
合図とともに、給仕が静かに料理を運んでくる。
木皿に盛られた固めのパン。 薄く澄んだ野菜スープ。 小さく切られた根菜の煮物。
どれも丁寧に作られてはいるが―― どこか寂しい。
(……あれ)
フルールはそっと周囲を見渡す。
(お肉がない……) (甘いものも……ないわね)
前世で大好きだった、ケーキやあんこ。 食後のおやつの時間。 そんなものは影も形もなかった。
失礼だと分かっていながら、思わず口を開く。
「……あの」
王が顔を向ける。
「この国では……お肉や甘いものは、あまり食べないのですか?」
一瞬、空気が止まる。
双子が同時に身を乗り出した。
「甘いもの!?」 「なにそれ美味しいの!?」
レオンの目がきらきら輝く。
「聞いたことないぞ!」
「文献で読んだお砂糖みたいなものかしら?」
リリアは静かに首を傾げる。
「畑が荒らされて以来、育てられる作物が限られております」
「保存のきく穀物と根菜が中心ですわ」
王妃が静かに続けた。
「家畜も魔物に襲われ……ほとんど失われました」
フルールの胸が、きゅっと締めつけられる。
(だからこんなに質素なのね……)
そっとパンをちぎりながら、考える。
(食べることは生きることなのに……)
そのとき、心の奥で何かがぽっと灯った。
(……面倒事は嫌だけど、私にできること)
顔を上げる。
「……魔物って、食べちゃいけないものだと思われてます?」
メイドたちも王族も、揃って頷く。
「災厄の象徴だ」
「触れるのも危険とされている」
フルールは小さく笑った。
「でも……食べられましたよ」
「しかも、とっても美味しいです」
レオンが目を見開く。
「それって本当なのか!?」
リリアも静かに驚いた表情になる。
「あの魔の森の魔物を…?」
王宮の空気が一瞬止まる。
ギディオンは静かに頷いた。
「事実だ」
「森で遭遇した際、雷鱗魚を仕留め、焼いていた」
「最初は呪いや禁術のためかと疑ったが……」
一拍の沈黙。
そのとき――
ギディオンがふっと視線を扉へ向けた。
「……聞いているんだろう、ルーカス」
一瞬の間。
「ははっ、さすが団長。耳がいいもんで」
軽い声とともに扉が開く。
鎧姿の青年がひょいと顔を出し、そのまま一歩踏み出した。
爽やかな笑みを浮かべているが、場の空気を察してすぐに姿勢を正す。
「副団長ルーカス、戻りました」
ギディオンは静かに顎を引く。
「ちょうどいい」
「ルーカスの話を聞け」
ルーカスは首を傾げながら一歩進み、視線を巡らせる。
「魔の森の魔物を食べた話ですね」
「団長が止める間もなく、僕が食っちゃいまして」
と、当人が肩をすくめて続ける。
「……気づいたら騎士団全員食べてました」
「信じられないほど旨かったんです」
「甘くて、脂がのってて、腹の底から力が湧く感じで」
「本当に驚きました。僕たちはずっと、魔物は忌むべき存在だと教えられてきましたから」
ギディオンの視線がフルールへ向く。
「だが、あれはただの生き物だった」
「そして、食料になりうるものだった」
王は低く息を吐く。
「魔物は食べられぬものと決めつけてきた歴史が……」
「我々自身を飢えに追い込んでいたのかもしれんな」
フルールは胸の前で指を組み、小さく笑う。
(とりあえず――)
(この国に食べ物を増やそう)
(飢えをなくすところから、世界を元気にしないと)
小さく、でも確かな決意。
「魔物を食材として使えば、食糧不足はかなり解消できます」
「料理も工夫すれば、きっと……」
王と王妃が顔を見合わせる。
希望が、かすかに灯ったようだった。
しばらくして――
「住まいだが」
王が切り出す。
「王宮に滞在してもらうつもりだ」
フルールは即座に首をぶんぶん振る。
「いえ、それは遠慮します!」
「なぜだ」
「だって……番候補?さんたちに会いそうですし」
ちらっとギディオンを見る。
「番探し、頑張ってくださいね!」
にこっと満面の笑み。
ギディオンの眉がぴくりと動く。
「……自分は無関係だと言わんばかりの顔だな」
「はい、無関係ですもん」
王妃が困ったように笑う。
「では、王宮の離れを用意しましょう」
「静かで安全な場所です」
「それならぜひ!」
即答だった。
その様子に、レオンが楽しそうに笑う。
「なんか面白い人だな!」
ギディオンは腕を組み、低く告げる。
「ひとつ条件がある」
「はい?」
「魔の森の深部には決して近づくな」
鋭い視線。
「行くときは必ず騎士団を同行させること」
フルールは少し考えてから、こくりと頷いた。
「……分かりました」
(確かにあんな大きいの出てくる場所だものね)
焚き火をおこして魚を焼いてた自分を思い出して、
少し冷や汗をかく。
こうして――
フルールは王宮の離れで暮らしながら、
この帝国に“食の革命”を起こすことになるのだった。




