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プロローグ
夕焼けが病室の窓いっぱいに広がっていた。
茜色から紫へと溶けていく空が、静かな光となって二人を包む。
ベッドに横たわる老人――五十鈴 音也の呼吸は、ゆっくりと浅い。
その傍らで、桜は彼の手を両手で包み込んでいた。
細くなった指。
けれど、その温もりだけは変わらない。
「……桜」
かすれた声が、彼女を呼ぶ。
「はい、音也」
微笑むと、音也はゆっくりと目を開けた。
「君と一緒になれて……本当に幸せだった」
桜の瞳が揺れる。
「私もよ……あなた」
音也は息を整えながら、静かに続けた。
「また君を必ず見つける。
次も、必ず……一緒になろうな」
桜は涙をこらえ、強く頷いた。
「ええ。約束よ」
音也は少し照れたように笑い、
「……また君の作る、美味しいご飯が食べたかったなぁ」
その声は風に溶けるように小さくなり、
やがて静かに途切れた。
桜はそっと額を寄せる。
「来世でも、必ず、一緒になりましょうね」
夕焼けが、二人を優しく包み込んでいた。




