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人生、何回目?

 入学してから様々なイベントが起こったが、まだ6月初め。夏の気配が近づくように感じる。ついこの前に中間テストが終わり、成績が出た。私の成績はともかく、問題なのは池鯉鮒の方だ。あいつは一度も授業に顔を出さず、テストだけはノコノコと来ていた。乙女ゲーム的目線で言えば天才キャラなのだろうが、私目線で言えば退学間近のムーブである。ただ彼の成績が良かろうと悪かろうと私にはなんの問題もありはしない、それよりも私はもっと悩ましい問題を数々と抱えているのだ。その中の代表的なものは『放課後イチャイチャ事件』。遡ること数日前、私は図書室での自習を終え帰路につこうとしていた。そしてテスト勉強に必要な教材を教室に忘れたことに気づき校舎に戻ると、ふと通りすがった空き教室から何やら声がしていた。悪寒は走ったが好奇心に駆られ、その教室をそっとのぞいてしまった。最初に目に入ったのは抱きしめ合いながら接吻する男女の姿、そして男の方はこの前の遠足で同じ班だったメガネの稲庭先輩だ。女の方は知らなかったが、おそらく稲庭と同学年なのだろう。見るに絶えず、音を立てないように後退していると話し声が聞こえてきた。

「慶吾…今日は?」

「今日は普通に無理。」

「私のとこでもいいけど、外にする?」

「夜は先約があるから。また今度。」

聞くに絶えず、私は廊下に飛び出してそのまま帰宅した。これが一連の流れである。一番驚いたのは稲庭先輩が不純な人だったということ、あんなに童貞くさいのに。その上、意味深な会話まで繰り広げられていた。あーあ、本当に嫌なものを見た。

「あ、花野さーん。」

ちょこまかと小さい歩幅で駆け寄ってくるこの小さい先輩、鞍田先輩である。図書委員長をしているため、たびたび鉢合ってしまい、先日連絡先まで交換することとなった。

「今日、お茶しに行かない?」

「急ですね…」

「是非、花野さんに聞いてほしいことがあって…」

そう言って少し照れた様子を見せる彼女は女子である私もほだされそうになる。仕方なく承諾を出すと、早々と駅近くのパンケーキ屋に連れ込まれた。パンケーキの値段は半導体でも組み込まれているのかと疑うほど値が張っていた。組み込むとすればどこだろうかと考えていると鞍田先輩から話を振られた。

「花野さん、この前の遠足の稲庭君って覚えてる?」

覚えているどころか、この前キスシーンを目撃したところです。そんなことはこの純情な先輩には言えないが。

「あぁ、はい。メガネをかけていた人ですよね。」

「そうそう…彼がね生徒会のことでよく図書室を使うんだけど、この前ね、貸し出された本の整理をしてる時に『手が綺麗だね』って言ってたの…これって脈アリ⁈ 」

マジか、まさかの恋バナ。私はこの類はかなりの苦手科目、どちらかというと私も恋愛のことについては教えてほしいぐらいだ。ただしかし、わかっていることはある。稲庭先輩は彼女がいるということ。それも学校で深い口付けを交わすほど熱烈なお相手。それをどうにかして鞍田パイセンに伝えなくてはならない。さてどうしよう。

「この前、稲庭先輩には彼女がいるとかいないとか話してませんでした?」

「そう!だから私もドギマギしてるの、稲庭君って結構サラッとそういうこという人だっけ⁈ 」

いや、知るか。

「…もし、脈アリだとして、どうするんですか。」

「え⁈ えーっと、そうだなぁ〜、」

鞍田パイセンの目があからさまに泳ぐ。わざとらしい咳をしてお冷を飲み干した。

「好きなんですね。」

「うぇ⁈ 違う違う、違うよ、違うからね?やだもう、違うから!」

ものすごい否定の速さ、わかりやすすぎる。

「そうですか。」

「そう、違うから、ね?」

さっきの早口で喉が渇いたのか、私の分のお冷まで飲み干してしまった。そのことに気が付かないほど気が動転しているようだ。

「…彼女さん、いるらしいですよ。」

「え…」

流石に酷だっただろうか、見るからに意気消沈をしている。

「とりあえず、何か頼みます?」

「うん…そうだね…」

垂れてしまった目でメニュー表を見ている彼女は痛々しくて見ていられない。注文が決まり、店員さんに伝えているとドアが開き、見覚えのある姿が入ってきた。

「二人です。」

高身長の男、私服だしメガネは外しているが間違いなく稲庭である。そしてその後ろには女の子がついている。どうにか鞍田先輩には見せまいと思ったが、私の視線を追ったのかあっさりと気づいてしまった。

「あれって…稲庭君?メガネ外すとあんな感じなんだ…後ろの子が彼女さん?」

彼女…のような近さではあるが…、驚くことに学校でキスをかましていた女の子とは別の子だ。まさかの二股野郎なのか?私も動揺して頭が追いつかない。

「そう…なんですかね…」

まだ、妹や姉の可能性も捨てきれない。が、どう見ても妹や姉の距離感ではない。私自身に異性の兄弟がいなかったから細かくはわからないが、腕を組んでメニューを見るわけないだろう。

「かわいい…お目目がぱっちりしてるね。」

鞍田先輩はどうやら稲庭の彼女のことを言っているようだ。確かに目はクリッとしている、私たちと同じ高校だろうか。何より今一番驚いているのは、稲庭が何故に二股ができるほどモテるのかということなのだが。

「同じ高校の人ですかね?」

「ううん、多分違うと思うよ。見たことないから。」

鞍田先輩は運ばれてきたパンケーキに一瞥もくれず、じっと稲庭たちを見つめている。見つめれば見つめるほど鞍田先輩の表情が曇り、顔色が悪くなっていく。最終的にはゴーヤくらいの緑色にも見えた。

「冷めちゃいますよ。」

「やっぱり私、好きだったのかなぁ。」

「モヤモヤします?」

「する、するよ!だって…ハァ、ごめんねせっかくパンケーキ食べにきたのに。」

いつの間にか稲庭たちはアーンまでしている、それを横目に鞍田先輩はパンケーキをつつく。上に乗っている甘そうなクリームが溶け、メープルシロップと混ざり合った。

「パンケーキはいつでも美味しいね。」

彼女の言ったその一言はかなり詩的な文で、私は感心してしまった。それから終始無言でパンケーキをついばんでいると、いきなり稲庭の彼女らしきお目目クリクリガールが席を立った。稲庭は焦って引き留めていたが、ついにクリクリガールは帰ってしまい、それを追うように稲庭も店を飛び出した。店内には無駄に修羅場の空気だけが残り、私たちは唖然としていた。

「何があったんですかね。」

「喧嘩…かな?」

「彼女さんの方、怒ってましたね。」

パンケーキで少し元気を取り戻した先輩は先ほどよりも幾分か顔色が良くなっている気がした。しかし、稲庭の彼女事情は一向に状態がわからない。もう放置してもいいだろうか。

「さ、帰ろっか。」

シロップを一滴も残さず綺麗に平らげた彼女は机の向こうで満足そうにしていた。


 鞍田先輩と別れ、バス停に向かうと知り合いに遭遇してしまった。どうにか相手にはバレずに乗り切りたいところだが悔しくも今日のバス停はガランとしており、相手と糸電話で遊べるぐらいに人通りが無かった。

「あれ、花野さん。今帰り?」

こちらの気も知らずに飄々と話しかけてきたのはサボり魔の池鯉鮒だった。

「そうだよ、そっちは居残り?」

「違うよ。」

「テストの結果はどうにかなったの?」

「うん。」

「やっぱり頭いいんだね。」

「やっぱりって?」

「この前貸してくれた本、小難しかったから。言い回しとか語句とか。」

「それだけで決めつけるの?」

「なんとなく雰囲気でもわかるよ。」

乙女ゲーム的視点からだけど。この感じでバカだったら逆に面白いのに。

「花野さんは、人生を送るの何回目?」

「え?」

「何回目なの?」


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