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小難しい推理小説

 はっきり言いたいのは完全なる事故だったと言うこと。彼も私を転ばせまいとして腕を引っ張っただけである。ただしかし事実上ではしっかりと事が行われているわけで、それを合図とするかのように雨も弱まっていった。なんというご都合主義。私にできることは一つだけ、何もなかったフリをする。かつて上司の不倫現場を目撃した時も私はそ知らぬ顔で見過ごすだけだった。それしか選択肢がないのである。

「雨、止んだな。」

まだ少し降っている空を見つめてそう言う彼も、この場が相当気まずいのだろう。

「それじゃ。」

フードを被らずに雨に打たれながら出ていく彼の後ろ姿をどんな顔をして見送れば良いのだろうか。私は喜怒哀楽どれとも言えない表情をしていたと思う。それからの展開は早かった。大雨のおかげでその後の予定が全て中止になり、すぐに解散になったのだ。疲れ果てていた私は即座に家に帰り、何も考えることなく眠りこけた。


 目を覚ましてからは苦痛である。昨日のことが脳裏に浮かんで離れない。なんというか、the乙女ゲーム的シナリオだなと痛感する。どうしようか、どうすればいいんだ?私にどうにかできるのか?さすがにそこらの高校生よりは人生経験を積んでいるとは思うが、こんなことには対応できない。だって、キ、キスだよ⁈ 名前もうる覚えの男とKissしてんだからさぁ、冷静にはなれないわ。そもそも前世では恋愛経験はほぼゼロに近かったし、大学時代にちょろっと付き合ってすぐに別れた元カレが一人いただけ。別れた理由はそいつが未成年飲酒でしっかりと警察沙汰になりそのまま酔った勢いで暴行まで加え、大学を退学になったという後味の悪すぎるものだし。付き合った期間はたったの二週間、キスにも及ばず相手は退学、それ以降は一度も恋人なんぞできていない。こんな恋愛遍歴を持つ私が突然の事故チューに対応できるわけがない。色々なことを考えながら登校していると、急に後ろから肩を組まれる。昨日の遠足班で一緒だったギャルパイセンだ。

「花野ちゃん、おはよー!」

「あ、おはようございます。」

昨日はジャージを着ていたが、今日の彼女は制服。太ももを隠す気がない短いスカートに開け放たれている胸元、そこに映える小ぶりだがおそらく高価なネックレス、昨日よりも一層濃いメイク、生徒指導も真っ青の校則破りである。

「昨日は疲れたねー!あとの塾で爆睡かましちゃってさ。」

それらしき相槌はするが、彼女の姿のせいで話は全く入ってこない。何がとは言わないが見えてしまいそうでヒヤヒヤする。

「大丈夫?かなり疲れてる感じ?」

「あ、いえ全然そんなことないです。」

昨日で結構疲れたことは事実だが何せ高校生の体では回復力が段違いだ。

「花野ちゃんさぁ…結構モテんだね?」

おそらく倉敷のことだろう、どうにかこれ以上口外しないでほしいものだが。

「あれはモテとかじゃないです。お願いなのでこれ以上広めないで欲しいんです。」

「二人以上からだったらモテでしょー。」

「二人?倉敷と…五月雨ですか?五月雨は違いますよ。」

「五月雨君じゃなくて…雨の中チューしてたじゃん?」

チュー?…は?!どうして知ってる⁈ なんで⁈ 見られてた⁈ はぁぁ?

「違います!あれはかなり事故です…それ以上でも以下でもなくて。」

「ん?付き合ってないの?」

「名前すらうる覚えです!」

「へー!やるぅ、悪女だね花野ちゃん。」

「そう言うことじゃなくて事故なんです。どっちも気なんてないですし、忘れたいですよ。」

「忘れたいけど、忘れられないって?フゥ!いいねぇ、羨ましんだけど!」

あんなところを見られていたとは…ますますどうすればいいのか。

「お願いですから、口外にしないでほしいです…かなりの恥です。」

「流石に言わないよ、その代わりにさ…たまーに恋バナ聞かせて♡」

そう言って彼女は下駄箱まで走っていった。どうしていつも面倒ごとが重なるのか、乙女ゲームのヒロインは休む間もない。あんな歩くスピーカーのような人に見られてしまって何もないとは考えられない。


 あっという間に放課後になり、帰る準備をしていると担任である笛木先生に話しかけられた。

「花野さん、ちょっとこの後いいかな?」

全然良くないです。嫌なんですが。もう何?まさか怒られる?

「あ、はい…」

バレない程度に舌打ちをして、彼の後についていく。校舎の端にある面談室に向かっているようだ。一体何のことについて言われるのか、もしかすると笛木にも昨日のこと見られてたのか。何で複数人にみられてんだ、恋愛リアリティーショーじゃないんだが。笛木に着席するように促され、面接のような形で話し始めた。

「すいません呼び出してしまって、あのー花野さん、チリフ君と仲良いんですか?」

「え?チリフ?」

質問が予想の斜め下で間抜けな声を出してしまった。チリフって…あ、居たなそんなヤツ。あーあのサボり魔だ。

「池鯉鮒 蓮治君、彼が花野さんと話したことがあると。」

「まあ、少しですけど。」

「彼を説得して授業出るように言ってくれませんか?」

「私が言ったところでどうにもなりませんよ。」

「彼、特待生なんですよ。次の定期テストもかなりの成績をとらないと枠から外れてしまいます。なので授業を受けてほしいんです。」

「枠から外れて問題ありますか?退学ではないですよね、出席日数は足りなそうですけど。」

「特待生とは学校から特に応援されているわけなんですよ、どうにか尻を叩いてでも良い結果を残してもらわないと行けないんです。」

「だからって私が言ったところでどうにもなりません。彼と話したのは一回きりですし。」

「クラスメイトに言われたら効くかもしれないし、どうにかお願いします。」

笛木はしっかりと頭を下げた。この雰囲気で断るのも気が重い。

「じゃあ、言うだけは言ってみます。」

「ありがとうございます。お願いします。」

面倒事はできるだけ早く終わらせたい。もしかするとまだいるかもしれないと思い、面談室を出て校舎裏へ向かってみる。授業をサボるようなやつが放課後まで残っているとは考えにくいが。校舎裏を見ると、池鯉鮒の鞄らしきものだけが置いてあった。彼自身はトイレにでも言っているのだろうか、近づいて見てみると鞄の近くに本が置いてある。分厚い物でタイトルから推測するに推理小説らしかった。少しめくってみると、小難しい単語で文が構成されており、内容もやはり小難しい。

「気になるの?」

後ろから現れた池鯉鮒に驚かされる。昨日痛めた首がさらに痛む。

「ごめんなさい、勝手に見て。」

「別に、気に入った?この本。」

「読んでないからわからない。」

「じゃ、貸してあげる。」

そう言って無造作に本を手渡された。

「ちょっと話があってきたんだけど。」

「俺に?…授業なら出ないよ。」

何故かバレている。エスパーか?

「笛木も頑張るよな。花野さん寄越して何がしたかったんだろ。」

「あなたが私を話題に出すから、先生に頼まれたんですけど。と言うか、どうして授業出ないの?毎日登校はしてるんでしょ?」

「意味を見出せないから。」

そう言い放ち、彼は鞄を背負う。私は返す言葉が見つからず無言になってしまった。他人事に首を突っ込むほどおせっかいではない。

「それ、感想聞かせて。」

彼が目線を私の手元に移した。これを読むのは気力が要りそうだ。私が本を呆然と眺めているといつの間にか池鯉鮒はいなくなってしまった。授業に意味を見出せないという彼は、そういうお年頃なのかそれとも天才なのだろうか。池鯉鮒が貸してくれた本はやはり小難しく私は途中で断念してしまった。


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