カレー味だった。
「あはは、どれだけ親友でもライバルになったら手加減しないよ。」
彼にそう言われ、うまいこと返事ができなかった。この言葉が指し示す意味はつまり…いや、考えるのはよそう。気分が悪くなりそうだ。
「花野さん、大丈夫?」
どちらかというと大丈夫ではないが、それを五月雨に伝えたところでどうにかなるとは思えない。そもそもコイツが原因だし。
「あぁ、ちょっと手首が疲れて…。」
「わかった。じゃあ後は俺がやっとくから、火でも見てきたら?」
どんな理由であれ五月雨と離れる口実ができたので、ちゃっかりとその場を離れる。まだお昼前だと言うのに、自身の体力はとっくに底をついていた。
坂を上ったところにあるかまどに行くと、いろんな班が一斉に火を起こしていた。
「あれ!花野ちゃん!」
元気な声を出していたのは縦ロールの桐咲だった。いつものふわふわ縦ロールをビシッとポニーテールにしている。安心できる友達に会えて、私は心が落ち着いた。
「桐咲、元気?」
「元気元気!花野ちゃんは?顔色悪いね?」
「いやぁ、体力がなくなっちゃって。」
「ここアップダウン激しいよね。座っときなよ。」
私が少し傾いている丸太のベンチに座ると桐咲は先輩に呼ばれたらしく行ってしまった。小さくため息をついて自分の足元を見つめると、先ほどのことを思い出してしまう。
“どれだけ親友でもライバルになったら手加減しないよ。“
五月雨はそう言った。つまり倉敷はライバルということだ。ここで重要なのは、一体何のライバルなのか。普通の流れで考えると恋のライバルだろうな、ここは乙女ゲームの世界だし。ただそうなると少女たちが一度は夢見る三角関係とやらになるんではないだろうか、これはかなりめんどくさい。ただ、五月雨はライバルとしか言っていない。それが何を指すのかは決まったわけじゃない、まぁおおよそは見当がつくがそれはもう無視しておこう。
「あれ?花野さん、何してるの?」
背の小さい鞍田先輩が私の前に佇んでいた。サボっているのがバレたので急いで言い訳を探す。
「休憩中?」
先輩がそれっぽい理由を出してくれたので私はそれにあやかった。
「はい、ここ坂が急で…」
「そうだよね、まあ一応は山だし…私も休憩しよっと。」
彼女は私の隣に腰を下ろした。小さい背丈に比例して座高も低かった。
「あの…お米のほうはどんな感じですか?」
「あぁ、もう火にかけたよ…」
何か思うところがあるのだろうか、先輩は物思いにふけ始めた。
「何か、ありましたか?」
「えーと、特には…ないけど…」
「…そうですか。」
これ以上探るのはやめておこう、嫌な予感がする。この世界に来て一ヶ月半、伊達に過ごしてきたわけではない。
「花野さんって付き合ったことある?」
うわ、この手の話題は前世も今世も苦手である。
「ないですよ…好きな人だっていたことないですし…」
私が気まずそうに答えると、先輩も同じくらい気まずそうに相槌を打った。
「さっきね、お米を火にかけに行こうとしたら、かまどに稲庭君がいたの。火に空気を送り込んでたんだけどさ、なんか…横顔が綺麗だなぁ…って思って。」
頬を染めてそう言う先輩は少女漫画のヒロインそのものだった。稲庭ってあのメガネの先輩だっけ。
「それで、好きになったんですか?」
「え?ち、違うよ!そーゆーのじゃなくて!ただ綺麗だなーって思っただけね⁈ 」
ははーん、これは恋してるな。ただ脈があるかというと、微妙なところだが。
「鞍田さん。」
よりによって稲庭先輩がこっちに歩いてきた。背が高い彼は遠くからでも目立ちやすい。しかし近くに来ると身長よりもメガネについた煤の汚れが目立っていた。
「稲庭君、お疲れ様。ご飯は順調に炊けてる?」
先ほどとは打って変わって鞍田先輩は落ち着いた表情をしていた。
「うん、さっき一年の五月雨君がカレー持って来たからかまど当番変わってもらったよ。そっちは?」
「私達はガールズトーク中、ね?」
鞍田先輩が相槌を求めてきたので、とりあえず頷いておく。
「そっか、男子は下がっておきますね。」
そう言い、メガネはテクテクと去っていった。
「追いかけなくていいんですか?」
「えぇ!なんで追いかけるの⁈ 」
「もっと…喋りたいかなと思って…」
「ムリムリ!ロクな話できないんだもん…」
「仲良いんじゃないんですか?」
「一年の時に同じクラスだっただけだよ、今はもう高嶺の花だけど…」
「高嶺の花…ですか?」
「だって生徒会入ってるし、放送部副部長だし…他校に彼女いるって噂もあるし。」
「はぁ、確かに彼女持ちは狙っちゃダメですねぇ…」
いかにも攻略キャラっぽいのに彼女持ちなんてことある?そういうキャラってこと?
「もうできた頃だろうし、戻ろっか?」
潔くベンチから立ち上がる彼女は青春真っ只中らしい顔をしていた。班のテーブルに行くと、すでに盛り付けが始まっていた。五月雨はどこからか流れてくる音楽にノリながらカレーを注いでいる。カレーライスは思っていたよりもよくできていて、美味しそうな匂いを漂わせていた。
「じゃ、食べよっか!」
ギャルパイセンが早々と手を合わせるので、後輩たちは急いで席につく。朝からハプニング続きだった私はこれ以上なく美味しく感じられた。たわいのない話をしていると、いきなり雨が降り出した。もちろん屋外なので守ってくれるものは無く、他の班も全員慌てふためいていた。私はなんとかカレーを守り、木の影に隠れた。そこで、気づく。これは何かしらの恋愛イベントが起こるやつじゃないか、と。雨宿りしているところに男子が来るなんて、かなりのド定番。どうにか回避する方法はないのか?お願いだ、雨よ、やんでくれ!そんな願いも虚しく、雨は強まり、風も吹いてきた。私はとことんついていない女である。雨に絶望しながらカレーを口に運んでいると、一つの人影が近づいてきた。フードをかぶっているので顔がわからないが、シルエット的には男子だろうか。私が雨宿りしている木に入ると彼はフードをとった。あ、こいつは、入学式の時の、あの…名前は忘れたけど、メインヒーローのあいつ!うわーなるほど…メインヒーローなだけあって、おいしいところで登場するのか…。入学式以来全く顔を見ていないと思っていたが、まさかのここで再登場かよ。困ったことに私はこいつの名前を覚えてない、こいつも私のことを覚えていないといいけど。彼は上着の雨水を払っていた、こちらから話しかけるわけにもいかず沈黙が続く。
「お前さ、入学式の時に校舎裏に来たよな。」
がっつり覚えられてる、ここまで来たら否定もできない。いっそとぼけてしまおうか。
「そんなことありましたっけ?」
彼はかなりしかめっ面でこちらを見ている。こんな時に思うことじゃないが、ものすごくイケメンだ。眉目秀麗の例にふさわしい顔。ただでさえ乙女ゲームの世界は整った顔立ちが多いように感じるが、さすがはメインヒーロー、格が違う。
「あっただろ、とぼけてんのか。」
とぼけているのがバレてる。どうしよう、これ以上どうやって誤魔化せばいい⁈
「あの時は…ちょっとイカれてたというか…」
やばい、言い訳がダサすぎる、カレーを片手にダサい言い訳する女が誕生している。とりあえず謝ってしまえ!
「…入学式の件はすみません。」
「別に謝罪されることじゃない。」
じゃあなんで話題に出すんだよ。今の所かなり雰囲気が悪い、私としてはカレーを食べきりたいのだがとてもそんな雰囲気ではなかった。
「あの時どうして、俺に注意したんだ。」
「イラッとしたから。」
ヤンキーみたいな理由しか出てこなかった。本当は乙女ゲームのためだったが、そんなことを言うわけにもいかない。
「ヘンだなお前。」
これはまさかの『フッ…おもしれー女。』ってやつ⁈ それともただ単に変人認定されただけか?彼の顔色を伺うと、運悪く目があってしまった。急いで首ごと違う方向に向けると、動きが急すぎたのか首を痛めた。痛みの反射で右手に持っていたカレーを土の上にぶちまけてしまった。
「何してんの。」
冷めた口調でそう聞いてくるが、私自身も何をしているのかわからない。せっかく作ったカレーを落とした罪悪感と首の痛さでどうにかなりそうだ。下に落ちたカレーを避けようと一歩踏み出すと、踏み出した先が雨でぬかるんでいた。私はその泥で足を滑らす。ひっくり返る寸前に彼が私の腕を掴んだ。そしてそのまま肩が脱臼する勢いで引き寄せられ、最終的にはハグのような形になったところまでは覚えている。しかし、今日の私はとことんツイていない。いや、逆にここまでくると死ぬほどツイているのかもしれない。つまり、引き寄せられた勢いで口元が重なった。つまり…現代で言うところのキスってやつらしい。




