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新たなる刺客達

 始まったばかりだった新生活もボーッとしていたら5月に入ってしまった。私がぼーっとしている間に起こった出来事はほぼない。攻略キャラとの接触を避け、何もせずに過ごしていた。要注意だった倉敷も無事にバスケ部に入り、先輩に絞られているらしい。勉学の方は今のところ安定していて、乙女ゲームのシナリオを無視すればいい学園生活を送れていると思う。このまま順調にいけばいいのだが。


 水曜日の放課後に出し忘れていた書類を先生に提出し、学校の校門に続く石畳を歩いていると横のテニスコートから声が聞こえた。

「花野ちゃーん!帰るの?」

遠くからでもはっきりと見える縦ロールは桐咲のトレードマークだ。テニス部に入った桐咲は大型ルーキーとして一目置かれているそうだ。大型ルーキーでなくとも高身長縦ロールの時点で一目置かれそうな気はする。

「そう、帰るとこ。」

「ちょっと練習見てかない?」

「見ないよ、入部しないし。」

桐咲と薄いフェンス越しに話していると、降ってきたテニスボールが私の右ふくらはぎ命中した。かなりの痛さに悶えていると、ボールが飛んできた方向からテニスウェアを着た男子生徒が現れた。そうか、男子テニス部は向こうのコートで練習しているのか。運悪く私はその方向へ背中を向けていたみたいだ。彼は短髪で切れ長の吊り目、いかにも冷たそうな人だった。

「ボールどこ?」

彼は私を見ると、痛みに悶える私を無視するようにそう聞いてきた。

「ねえ、あんた、この子の足にボール当たったんだけど、すいませんの一つもないの?」

フェンス越しの桐咲がテニスウェアの男に噛みついた。凄い剣幕で睨んでいる。

「運悪く当たっただけだろ、当たりたく無いならそんなとこで話すな。」

私の方をギロっと見下しながら言った。当の本人としては落ち度もあるので、ここは足が痛かろうと大人な対応をする他ない。

「すみません。ボールはあっちに…」

「花野は謝らなくていい、こいつが勝手にボールかっ飛ばしたくせにこの態度なのおかしいでしょ。」

桐咲が割って入る。それに応戦するように男子生徒の顔も険しくなってくる。

「お前、関係ないだろ。」

「関係ないわけないでしょ、見てたんだから。人にボールを当てたら謝るって知らないわけ?」

「こいつはもういいって言ってんだろ。」

怒鳴り声が双方から聞こえて、耳が痛い。ここは大人として仲裁しなければならないのか。大人ってめんどくさい。

「あぁもう大丈夫です。そこまで痛く無いので、私の不注意ですし。」

「ホントに大丈夫?骨とか折れてない?」

折れてはいないが、折れる寸前まではいったかもしれない。それくらいには痛かった。

「こんなので折れるわけないだろ。」

彼はそう言うと、ボールを拾いこちらを一瞥して去って行った。本当に態度悪いなあいつ。

「やっぱり最悪だね、あいつ。」

「桐咲の知り合い?」

「知り合いっていうか、悪い意味で有名だから。テニスはかなり強いらしいけど、それを上回るぐらい態度悪い。入部早々、嫌われてる。」

でしょうね。俺様系が実際にいるとあんなに嫌なやつなんだな。あ、俺様系…姪が言ってたなそういえば。


 「俺様系の峠坂 朝陽君、この子人気なの。」

 「何で?ビジュアル?」

 「最初はツーンとしてるけど、最後は甘々だもん。私はちょっと苦手だけど。」

 「ツンデレは昔から人気高いからなー。」


そうなんだよ。ツンデレって人気高いんだよねー今も昔も。デレが見えなけりゃ、ただの嫌な奴だけど。…待て、ということは私は攻略キャラにまた出会ってしまったってこと?やってしまった…ああ、めんどくさいのがまた一匹増えた。まあ…今回は出会いが最悪だったし、桐咲とも仲が悪そうだし大丈夫か。

「花野?」

「あ?あ、あぁごめんボーッとしてた。」

「足、本当に大丈夫?もし怪我してたら慰謝料貰おうね。」

「あはは…」

足の痛さよりも攻略キャラが登場したというショックの方が大きかった。これ以上は相手をしきれない。どうかこれ以上は増えませんように。

 

 5月の陽気は暖かく、日向ぼっこをしたくなる。そういえば、前世の実家で飼っていた猫は日向ぼっこが好きだった。日の当たるところで丸まっていたことを思い出す。教室の窓辺に行き、日に当たる。ポカポカして気持ちがいい。このままここで寝てしまいそうだ。一瞬だけ瞼を閉じてみる。

「花野、寝てんの?」

聞き覚えのある声に目を開けると、真正面に倉敷が立っていた。それもかなり近くに。驚きに驚きを重ね上半身を大きく揺らしたせいで胸ポケットからペンが落ち、そのまま窓の外へと旅立ってしまった。

「あ、俺が取りに行こうか?」

そう提案する倉敷をどうにか断り、私はクラスから飛び出した。勘弁してくれ。少しでも油断したら恋愛イベントに入るんだからたまったもんじゃない。そもそも倉敷とはそこまで仲良くしていないのだがなぜか距離が近い。幼馴染デバフかかってる?あれこれと考えながら落ちたペンを探しに、校舎裏に出る。ここは入学式の一件以来だ。あの時より草が茂っている。生暖かいそよ風が自分の頬を撫でた。自分のクラスはあのあたりだから、落ちたとすれば…

「何探してんの?」

驚いて振り向くと、非常出口の石段に寝転がっている男子生徒が目に入った。随分長いこと寝転がっていたのか、身なりがくずれている。

「ペンを落としてしまって…」

「ああ、ついさっき拾った。これ。」

差し出された彼の手には私のペンが乗っていた。差し出されていないもう一方の手にはルービックキューブを握っている。

「あ、ありがとうございます。」

「どういたしまして。君さ、同じクラス?」

「え?」

この学校で一ヶ月過ごしているがこの人のことを見かけたことはない。

「違うと思いますけど…」

「いや、同じクラスだよ。担任は笛木だろ。」

確かに担任はあの無気力なヒョロガリだが、こんなやついたっけ?

「こんなやついたかな?って思ってる?」

ヤバい、顔に出てたか?こいつは一枚上手な感じがする。

「まあ、入学式しか顔出してないから。分かんないかもね。」

確かにいつも教室で一つだけ席が空いていた。

「毎日サボってるの?」

「そそ、サボってんの。」

それが何か?というような顔でルービックキューブをいじり出した。最初はただ動かしているだけかと思って見ていると、すぐに全面揃えてしまった。

「名前は?」

キューブから目を離した彼が聞いてきた。

「花野優。」

「俺、チリフ。」

フッと笑った彼を見て思い出した。こいつは、こいつは姪が推していた奴だ。


 「私はこの子が好きなの。蓮治君。」

 「どこが好きなの?」

 「声優さんが好きだから。」

 「身も蓋もないね。」


 私は声優に詳しくなかったのでわからなかったが、確かにいい声をしている。言われてみれば、だが。彼の無造作な髪の毛が目にかかって、彼は邪魔そうにかきあげる。こいつが姪の好きな男だと思うと、何だか変な気分になってくる。娘が彼氏を連れてきた時の母親のような、そんな気分だ。

「もう、チャイム鳴るんじゃない。」

彼にそう言われて、慌てて走り出した。そして走り出してから気づいた、私はまたもや攻略キャラに出会ってしまったということを。もうここまできたらそういう運命なのかもしれない。抗うだけ無駄なのか。教室の名簿を見てみると、確かに名前が載っていた。“池鯉鮒 蓮治“この苗字はチリフと読むんだ。流石は乙女ゲーム、かっこいい名前を引っ張ってくるもんだ。毎日、毎時間サボっていて、あいつは留年しないのだろうか?乙女ゲームで同級生が後輩になるイベントがあれば見てみたい。

「ペン、拾えたか?」

プリントの整理をしていた倉敷が聞いてくる。机の上にはしわくちゃになった紙が重ねられていた。一番上にはバツが多めの英語の小テストが置かれていた。

「うん。見つかった。」

できるだけそっけなくそう言った。これ以上は詮索させないというオーラを醸し出す。

「なあ。」

倉敷は懲りずに話しかけてくる。返事をするのも億劫になって、顔だけを向ける。

「今度デート行かね?」

「…は?」

呆気に取られ、持っていた古文の教科書を床にぶちまける。窓からのそよ風がまた私の頬を撫でていた。


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