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そんなこと私に頼むな

 「彼が花野ちゃんのことが好きだから私に恋愛相談に来るの。」

ギャルパイセンは間違いなくそう言った。ここでの彼とは五月雨のことであり、もしギャルパイセンの言うことが真実だとすると、私は一層頭を悩まされることとなる。

「花野ちゃん、どしたの?」

「いや、少し目眩がしました。」

「モテる女って大変だねぇ。」

私の気も知らずパイセンはずっとニヤニヤしている。

「本当に大変です。私は恋愛に興味がないんですから。」

パイセンはニヤニヤをやめ、口をラッパのようにとんがらせた。

「何で?昔っからそうなわけ?」

思い返してみれば、前世では興味が無いとか以前の話だった。私はモテなかったし、自分からアプローチをかけることもない。恋愛と言うもの自体、自分には関係のない話だと思っていたのかもしれない。大学に入って彼氏が出来るも相手はすぐに退学になって私は恋人らしいことはせずに終わってしまった。大学を卒業して社会人になって、死ぬまで私はずっと恋愛においては蚊帳の外だったのだ。

「そうなんだと思います。…中学では全然こんなこと無かったですし。」

「ふ〜ん、そういう人もいるか。ま、ガード固いくらいがちょうどいいのかもね、靡かない女ってカッコいいし?」

そう言ってニッコリ笑う彼女は私よりも大人びて見えた。夕日が彼女の頬に当たり、メイクの下にうっすらと見えるそばかすが彼女の本質を垣間見せていた。


 一学期を締めくくる期末テストも近づき、それと同時に皆は夏の到来に浮かれていた。それは私自身も例外ではない。夏はイベント事が多い上に休みもあり、冬と違って病気や確定申告に悩まされなくて済む。そして何より酒が美味しい季節だ。これを言うと、酒は年中美味いと返されるがそんなことはない。春や秋はまだしも冬にビールやハイボールなどを飲んでいると腹の底から冷えてくるのだ、前世の家の暖房が効きにくいという重大な欠点を含めた場合だが。飲んだ後に体がポカポカしてくるのはいいかもしれないが、わざわざ冬に冷えた物を飲もうとはやっぱり思えない。そんな時にはこぞって熱燗を勧められたが私の口に日本酒はどうも合わなかった。と言うわけで夏はやはり酒の美味い季節だと思う。

「花野さん、解けますか?」

私がお酒のことを考えていると、担任の笛木先生が顔を覗き込んできた。

「あ、はい。わかります…」

すぐさま教科書に視線を落として問23を解くふりをする。夏は無意識のうちに浮かれてしまう、危ない季節。授業が終わり皆が掃除の時間に入ると、笛木先生が近づいてきた。説教だろうか、さっきの授業でボーッとしてたから?いや、また今度も…

「花野さん、少しいいですか。」

そう声をかけると人通りの少ない階段の隅に連行された。

「池鯉鮒君についてなのですが…」

案の定、私が予想していた通りだった。また池鯉鮒かよ。

「どうして私に話すんですか、あんまり接点ないですよ。」

そう言って気づいたが、そういえば私はまだ池鯉鮒に推理小説を借りたままだ。早く返さないと。

「でも、彼は毎日学校には足を運んでるんですよ。花野さんのおかげでもあるのかなと。」

「多分違うと思いますけど…」

「根気よく授業に誘ってもらいたいんです。」

すごく面倒臭い。

「池鯉鮒は来ませんよ、前回も私が言っても来なかったですし。そもそも入学式翌日から全く授業に来てないし、出席日数は足りませんよね、今更来たってどっちにしろ留年じゃないですか。」

「彼の場合、毎日学校には来ているのでそこはまだ大丈夫なんです。ただこれからの成績がガクンと下がってしまうと単位不認定の可能性も十分ありえます。」

つまり池鯉鮒はかなりの成績を出しているから認められているのか。曲がりなりにも特待生ね。

「分かりました、言うだけは言いますよ。」

「助かります。」


 放課後になり、池鯉鮒がいつもいるであろう校舎裏に向かうと、初夏のせいか前よりも雑草が生い茂っていた。いつも池鯉鮒がいるあたりも背の高い雑草に囲まれていて、どう見ても人がいるべき所ではなかった。もしかすると池鯉鮒は夏になるに従って生息場所を変えるのだろう。この敷地内で池鯉鮒がいそうなところは…

「花野さん。」

突然の声に仰天し少し飛び上がる。すぐさま振り返ると、池鯉鮒がすっとして立っていた。

「びっくりした…驚かさないでよ。」

「あの本は読み終えた?」

「え、いやまだ全然。私そんなに読書するタイプじゃないから長い道のりだよ?」

「なら気長に待つよ。」

彼はそう言ってゆっくりと廊下を歩き出した。

「ちょっと待って、笛木先生からまた話が来てる、授業に出てほしいって。」

「懲りないよね、あの人も。」

「池鯉鮒からしっかり宣言すれば良いじゃん。授業には一切出ませんって。」

「俺が言ってないと思う?」

確かに。その上で笛木先生は私にお願いしてるのか。私ごときに何ができると思ってるんだ。

「一回くらい出てみても良いのに。」

私がそう言うと、池鯉鮒の足が止まった。もしかすると地雷を踏み抜いてしまったかもしれない。私の額に脂汗が滲み出てくる。

「俺はそこまで授業を嫌ってるわけじゃないよ。普通にサボってるのが好きなだけ。」

思っていたよりもマイルドな答えを返されて安心する。本当にこいつはただのサボり魔なだけか。

「それでもわざわざ学校にはくるんだね。」

「まあ、事情があるんだよ。」

一体何が面白いのか、振り返った池鯉鮒は少し笑っていた。私は彼の言う“事情“には言及しなかった、これ以上深掘りしたところで私には全く関係のないことだ。

「これからは校舎裏じゃなくて図書室にいるから。じゃ。」

彼は言葉を残して颯爽と帰っていく。昼下がりの日差しが当たる生ぬるい廊下を歩いていると曲がり角からとんでもないスピードを出す何かが私にぶつかった。そもそも早すぎて人かどうかも判断できなかったが、ぶつかって廊下にへたり込んでようやく私はそれが人間であるとわかった。

「すいません、大丈夫ですか…ってアンタ。」

ぶつかってきた相手を見ると見覚えがあった。が、名前が出てこない。

「えーっと、大丈夫。あのー、前に助けてもらったよね、遅刻寸前の時に。」

言葉を紡いでなんとか名前を思い出そうとするが全く出てこない。

「花野…さん、だよね?ごめんねー、ぶつかっちゃって。」

うわ、向こうは私の名前を覚えてるし、流石にこっちも思い出さないとだめだ。どうにか思いだせ私。

「まーきーぞーのー、戻ってこーい。」

廊下の向こう側から野太い声が聞こえてくる。…そうか、牧園だ。

「牧園君、呼ばれてるよ。」

「あぁ、良いんだよ別に。立てる?」

差し伸べられた手を無意識に掴んでしまった私はそのまま彼に引き上げられた。少女漫画だとここは胸キュンシーンなのだろうが、先ほどのついた尻餅が痛すぎてそれどころではなかった。尾てい骨らしきところがジンジンしている。もしかすると尻が三つに割れたかもしれない。

「何から逃げてるの?」

「あぁ…バンドの新曲が上手くいかなくてさ。ちょっと息抜き。」

「バンド?」

「うん、ボク軽音部だから。ギターボーカル。」

彼はニッコリと笑ってギターを弾くふりをする。少しふざけていても美少年なので様になる。

「つかぬこと聞くんだけど…本とか読む?」

「え?最近はちょっと読んでるけど…」

「じゃあさ、ちょっと手伝ってほしいかも?」

牧園は何やら回りくどい誘い方をしてくる。

「…何を手伝うの?」

嫌な予感はするが恐る恐る聞いてみる。

「ラブソングの作詞とかどう?」


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