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貧血による幻聴であってほしい

「花野、今度遊びに行こうぜ。」

「俺と花野さんとコイツの3人で。」

行く訳がない、これは絶対に断りたい。恋愛フラグの香りがプンプンする。ただでさえ倉敷は私に好意を寄せてそうだし、そこに五月雨は危険分子すぎる。

「…なんで?」

「3人だったら楽しいかと思って。」

曇りなき笑顔で五月雨が答える。そりゃ二人っきりよりはマシだが、男2対女1って話が合うわけない。なんなら私だけ置いて行かれそうでそれも嫌だ。

「倉敷と五月雨の二人で行けばいいじゃん。」

「なんでこいつと二人なんだよ。」

急に倉敷が割って入る。

「花野さんは乗り気じゃないね。嫌なの?」

嫌だよ。嫌に決まってるだろ。もうここで嫌ですって言ってやろうか。

「また今度の機会でいい?」

「え〜、わかった。」

五月雨がそう言うと同時にチャイムが鳴る。肩を落とした五月雨はさっさと教室を出て行った。

「じゃあ、保留な。」

倉敷はそう言い残すと席に戻って行く。保留になってしまった、中止ではなく保留。先延ばし戦法で行くか。前世の会社員時代に、飲み会にできるだけ参加したくなかった私がよく使っていた戦法だ。まず、ものすごく飲み会に行きたそうに演じる、そして急な用事が入ったからと言って残念そうに抜ける。数回に一回は参加して、参加した飲み会では死ぬほど盛り上げるまでがセット。そうすることで5回中1回にしか参加していなくとも存在感はレギュラー並みである。今思うとかなりの荒療治だったなとも思う。ちなみに私は二日酔いになりやすい体質のせいで次の日が休みじゃないと飲めないので大体はシラフで盛り上げることとなる。はっきり言って何回も飲み会に行く方が簡単かもしれない。対人関係は一筋縄ではいかないのである。


 前世の最大のピンチはいつだったか。なぜ今そんなことを思い出さなければならないかというと、どうにかしてこの状況を打破したいからである。遡ること数時間前、私は生物教室に教科書を忘れていた。それも明日は生物の小テストで教科書からガッツリ出ると言っていた矢先だ。放課後になり生物教室に向かうと電気はついていないものの鍵はあいていたので、先生にバレないようにひっそりと入って行った。教科書を見つけて鞄にしまっていると話し声が聞こえた。どんどん話し声が近くなり、とうとう教室に入ってきてしまった。私は焦って机の下に身を隠す。話し声に耳を立てると聞き覚えのある声がする。

「ねぇ、こんなとこ連れ込んじゃって、なにする気なんですか?」

「うーん、何する?」

「やだぁ、もう。」

生物教室に艶かしい雰囲気が漂う。ものすごく既視感があった。音を立てないように机からそっと頭を出してみると、もつれ合う男女が黒板にもたれかかっていた。そして今に至る訳だ。男の方はあの二股の稲庭先輩。少し前に空き教室でキスをかましていた同学年の女の子、そしてパンケーキ屋で痴話喧嘩していたお目目クリクリ女子、そして…今回も新たな女とイチャイチャしている。まさかの三股野郎だったことが発覚した。稲庭の背に隠れて見えにくいが黒髪ロング女子だ。ほんとにこいつはどれだけの女の子とイチャイチャするつもりなのか。そしてなぜ私はこいつに出くわしてしまうのか。さてここからどうしようか。ドア自体は二つあるが私と稲庭たちが入ってきたドアは黒板に近い方、そして今も人ひとりならギリギリ通れそうなくらいは開いている。後ろの方にあるドアは鍵で完全にしまっていて、内側から鍵を開けられる構造にはなっているが絶対にバレる。だからと言って今イチャイチャしている奴らは黒板の前にいる。これは最大のピンチである。稲庭たちが終わるまでここに居座ることもできるが、その場合は私が彼らの肉声を聞かなければならないことになる。絶対に嫌だ。どうしよう。頭でぐるぐる考えているうちに雰囲気が官能的になってきた。まさかだがここで始めるつもりじゃないだろうな。ここは前方のドアに突進して、光の速さで帰宅するしかない。できればバレずに行きたいがもう仕方ない。もう一度稲庭たちを見てみるとしっかり口を重ねていた。よし今がチャンスだ。私は四つん這いで一番ドアに近い机まで行き、そこから霊長類の進化のように立ち上がりつつ光の速さでドアに向かった。人ひとりがギリギリ通れそうなドアの隙間を掻い潜ろうとしたその時、足が滑り手をつく暇もなくドアに顔を殴打してしまった。発砲音のような音がしてもちろん稲庭たちも即座に振り向く。私はヤケクソになり顔を手で押さえて足でドアを勢いよく開け、廊下に飛び出した。息を吐く間も無く、廊下を爆走し一階まで階段を駆け降りてからやっと落ち着くことができた。壁にもたれかかり息を整える。

「あれ?花野ちゃんじゃーん!」

廊下の奥から反響して聞こえるのはギャルパイセンの声だった。

「こんにちは…」

「えぇ!どしたの大丈夫⁈ 」

彼女は私の顔を見た瞬間に驚嘆したが、私は何について言われているのかわからない。

「大丈夫ですけど…何ですか?」

「鼻血!血だらけだよ⁈ 」

そう言われ、口元を撫でると手先がすぐに赤くなった。驚いて窓の反射で顔を確認すると、顔の鼻から下は血の大洪水が起きていた。確かにドアに顔を殴打した時から鼻が痛かった。それからギャルパイセンにトイレットペーパーを持って来てもらい、鼻血の件はことなきを得た。

「どこで顔をぶつけたの?」

ギャルパイセンにそう聞かれ、隠すのも面倒になり全てを話してみた。

「あ〜、稲庭君は噂に聞いてたけど、やっぱりそうなんだ。」

「有名なんですか?稲庭先輩の…浮気的なアレは。」

「浮気とかじゃないでしょ、彼女もいないだろうし。」

「なら、ただただ不純な関係を複数持ってるだけですか。」

「そういうことでしょ。騙されてる子は稲庭のどこがいいんだか。ギャップ?時代はギャップなの?」

「それはわかりませんけど…一応生徒会ですよねあの人。」

「そうそう笑えるよね、どこが生徒の模範なんだっつーの。生物教室で不純異性交遊なんてさ。」

ギャルパイセンは栗色の髪をかきあげながら言っていた。

「でさ、花野ちゃん自身は?」

「はい?」

「花野ちゃんの身の上話はないの?恋愛方面で。」

「無い…ですよ。」

一瞬色々なことが脳裏によぎったが一旦全て無視することにした。

「この前のチューしてた子は?」

パイセンにそう言われ、嫌な記憶が蘇ってくる。

「そのことは全て無かったことになってます。」

「ふ〜ん、あのイケメンの男の子は?」

倉敷のことだろうか。

「特に何も無いですよ。」

「ふ〜ん、こっちは五月雨ちゃんから色々聞いてるよ。」

「え?五月雨から?何をですか?」

一体あいつは何を話しているんだ。私の焦った様子を見てパイセンはニヤニヤしている。

「花野ちゃんてば罪な女だねぇ。」

「やめてください。勘違いです。」

「ぶっちゃけ、モテてる自覚はある?」

自覚?そりゃ乙女ゲームの主人公なだけあって人に好かれやすいとは思うが、別に実際にモテているわけではない。

「モテないですよ。モテたくも無いですし。」

「安心しな、二人から好意を寄せられてるんだからもうモテモテだよ。」

「だから、あのキスの件は事故なんです。」

「わかってるよ。事故チューの子じゃなくてさ、イケメンの子と五月雨ちゃん。」

「五月雨?」

「花野ちゃんのことでよく相談に来るもん。」

「え、それは…倉敷と私をくっつけるってことですか?」

「違うよ、彼が花野ちゃんのことが好きだから恋愛相談に来るの。」

私はそれを聞いた瞬間、目眩がした。


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