姪が言うには。
自分的にはかなり長寿になる予定だった。私はインフルエンザもかからないほど健康体だったし。まあ、人生山あり谷ありだとはわかっていたけれども、その谷が行くとこまで行くとこうなるのか。すごくわかりやすく説明すると、私は死んだんだと思う、おそらく。死ぬ直前の記憶が断片的すぎてあまり思い出せない。何かにはねられた…っけ?すごく痛かった。まだ昼間だったから目を閉じてても明るかった…ああ駄目だこれ以上は思い出せない。享年28歳、せめて30代にはなりたかった。これからどうなるんだろ、輪廻転生とやらは出来るかなぁ。望みは薄そうだし、生きてる時にあんまり大したことを成し遂げてないから、転生しても昆虫とかになりそう。昆虫だと何がいいかな、セミとか?…やっぱり、普通に嫌だ。
その時、耳元で何かが鳴り響いた。なんだっけこれ、聞き覚えのある…
「起きなー!!」
本能的に身体が起き上がる。鳴り響いていたのはアラームで、聞こえてきたのは中年女性の声。そして今、何より驚いていることは、自分がまだ生きていたこと。ただ、この感覚はどう考えても”私“ではない。私が起きたこの部屋も見覚えがない、と思う、多分だけど。窓から差し込む光が明るすぎて、部屋をまうホコリがよく見える。それをボーッと眺めてると、ドアの外から足音が聞こえてくる。さっきの声を張り上げてた中年女性、いや母親?がこっちへ向かってくる。おもむろにドアを開け飛ばした彼女はかなり典型的なお母さんルックスだった。
「あんた、いつまで寝んのよ、早く用意しなさい。」
「あ、うん」
見知らぬ初対面の典型的母親に対してどういう返事をすればいいのかわからず、極シンプルに返してしまった。その時に、自分は全てを理解した。どうやら私は転生に成功した、らしい。転生なんてラノベの中の王道ジャンルとしか認識していなかったけど、こうも簡単にできるのか。記憶をもったまま新しい人生を送れるって、まさに勝ち組じゃねえか!
「何ニヤニヤしてんの、朝から気持ち悪い。」
まだ部屋にいた母親が私に侮蔑をして去っていった。そうか、この体の持ち主は朝からニヤニヤはしないのか。ふと我に帰り、布団に埋もれた自分の体をみる。クタクタになったパーカーを着ていた。裾が黒ずんでいて、汚い。ベッドからのそのそと這い出て、とりあえず自分の名前を探す。机の上の日記が目に入った。名前は書いていない。その日記にはすごく見覚えがあるように感じたが、思い出せない。どこかで、見たことがあるような。日記は一行だけ書かれていた。
4月5日 (日)
いよいよ明日は入学式!高校生活に幸あれ!
文字の周りに簡単な星が描かれている。この日記の持ち主…つまり自分なのだが、こいつはかなり能天気なやつだったらしい。それだけは文面からしっかり読み取ることができた。これはいつ書いたのだろうか、机においてあるということは昨日?だとすれば今日が高校の入学式ということになる。
「ユウー、早く降りてきなさい。」
母親の声が聞こえるが、これは返事をしていいのだろうか、ユウとは私のことなの?それとも兄弟?もしかすると我が家は国際的な家庭で相手を呼ぶ時は”you”なのかもしれない。
「ユウー!遅れるでしょー」
どうやら私のことらしいので、さっさと下に降りてゆく。自分の容姿を見てみたくて、鏡の前に立つ。至ってフツーの女の子。やっぱり高校生くらいの肌はピチピチしてる。これすっぴんでしょ?若さってすごいな。朝の情報番組が垂れ流してあるリビングでは先ほどの母親がさっきよりも小綺麗になって座っていた。母親の姿から言って今日は入学式で間違いなさそうだった。
「早よ食べなさい。」
彼女が顎で指した先には白飯と生卵が置かれてある。卵かけご飯だ。前世で生卵アレルギーだった私はその光景に少し感動した。卵かけご飯を口にかき込みながら、朝の占いコーナーに目をやる。
『一位は…乙女座のあなた!今日は素敵な人との出会いがあるかも?!ラッキーカラーは赤!』
出会いって…4月なんだから良くも悪くも出会いはあるだろ。
「あんた、一位じゃん。幸先いいね。」
「うぇ?…うん。」
かなりびっくりした。自分が何座なのかなんて把握してるわけない。まずいな。このまま行くといつかは絶対にボロが出る。早いとこ自分のフルネームと生年月日ぐらい抑えとかなきゃ話にならない。保険証とかそこらへんにないのか?
「保険証見せてよ。」
かなり突発的な提案だが、背に腹は変えられない。母親はきょとんとしている。
「どうして。」
“自分の名前がわかんないからです“とか口が裂けても言えねぇ。高校に行く前に心療内科送りにされては困る。
「学校で書かなきゃいけない書類とか、あるかもしれないから…確認として…」
それなりにそれっぽく言い訳をしてみる。かなり変な顔はされたが、母は探しに行ってくれた。なんとか自分の個人情報は入手できそうで安心する。
保険証にはしっかりと載っていた。花野 優、9月10日生まれ。何かが引っ掛かる。どこかで見たことある…ような?起きた時から感じた、この既視感はなんなのだろうか。あとちょっとで思い出せそうなのに。なんだっけこれ。
死んだ瞬間は覚えていなくとも、前世の記憶はかなりある。小さい頃から大学まで、それから普通に大学を卒業して、就職して、転職して…。その人生の中で、何かを忘れてる。私は“この世界”をなぜか知ってる。もう思い出しかけてる…けど何だっけ?あれも違うこれも違うと考えていると、私は学校まで到着していた。
二度目の高校入学式もそれなりに緊張する。とりあえず自分の名前だけは何がなんでも忘れないように、頭の中で復唱しておく。周りは若い子だらけ、自分もその一員だと思うと色んな意味でゾッとする。果たして若者の話題についていけるのか。私が話せるネタは美味しいおつまみの作り方か、もしくは二日酔いの治し方のどちらか。この世界で流行っているアイドルなんて分かるわけがない。
講堂へと歩いていると、校舎裏から声が聞こえた。普段の私ならば、そんなことは気にも止めない。が何故だか足が声の方向に向かってゆく。何をしてるのか知りたい衝動に駆られる。足は止まらない。いざ校舎裏を覗くと一生懸命にスピーチを練習する男子生徒が目に入る。
「私達新入生は、今日から始まる今までとは違う高校生活に期待と希望で胸を膨らませ、新たな一歩を踏み出そうとしています。新しい環境で新しい仲間と生活すること、……誰?」
彼の目がジロリとこちらをみる。うわ、イケメンだ。鼻筋が綺麗に通っていて、若いピチピチの白い肌、潤いのある髪の毛。この顔…知ってる。
「私も新入生です。花野 優、宜しく。」
「…相ヶ瀬 颯。気が散るからどっか行ってくれる?」
彼にガツンと言われると同時に、私はこの既視感の正体にやっと気がついた。
前世の私の姉の娘、私にとっての姪っ子は不登校気味だった。だから私は姪っ子に会いに、姉の家へよく行っていた。その姪っ子がハマっていたゲームの名前が『花冠のプロムナード』。いわゆる乙女ゲームだった。高校三年間で恋愛をする…。ここまで言ってわかるように、私は乙女ゲームの世界に転生をした。
「聞いてんの?邪魔だって。」
目の前のイケメンが不機嫌そうにこっちを睨んでいた。
「ああ、どっか行きますね。」
私は軽く返事をして彼に背中を向ける。そして、気づく。あれ、待って。ここのシーンってこいつと喧嘩するんじゃなかったっけ。姪にはゲームの最初の部分だけ見せてもらったことがある。
「この人がメインヒーローね。かっこいいでしょ。最初は主人公と仲悪いの。」
「メインヒーローって何なの。」
「なんか、他のキャラより格が高いの、メインだから。メインディッシュのメインと一緒。」
「ふーん。」
こんな会話をしたような、していないような。とりあえず私は今からこの男と言い争いをしなければならない。正直言えば気が重い。私はそもそも中身はアラサーだし、干支一周分の差がある男の子と言い争うのはキツイ。というか、もうすでに彼に対して背中を向けてるし、今から振り返ってキレ散らかすのかかなりのヤバ女じゃないか?
ええい、考えていてもしょうがない。勇気をもて、一応は主人公だ。
「その言い方どうにかならないの?」
「は?」
「失礼だって言ってるの、それにここは学校なんだから、私がどこにいてもいいでしょ。」
それっぽく強く返してみる。どうだ?
「こっちはわざわざ人目につかない校舎裏選んでんだから、どっか行けよ。」
「その言い方が癪に障る。よくそんなので新入生代表スピーチ任せてもらえたね。」
いい返しなんじゃない?のってきた!
「…俺だって、やりたくねぇよ、こんなの!」
え、やりたくないの⁈なんか…可哀想になってきたな。
「それは……大変だね。」
返す言葉がなさすぎて同情してしまった。二人の間に沈黙が流れる。かなり空気が不味い。私は居た堪れなくなって、ダッシュで校舎裏を後にした。果たしてこれで良かったのか?
入学式は何の問題もなく始まったが私は上の空だった。問題はこれからどうするか。元々、私は乙女ゲームに詳しくない。つまり、姪が教えてくれたことを何とかして思い出さなければならないということ。他に何か言ってたっけ?
「どうすればクリアなの?」
「うーん、別にゲームオーバーはないよ。エンディングが違うだけ。」
「誰とも付き合わないのもあり?」
「そりゃ、恋愛するかしないかは自由だし、でも誰ともフラグが立ってなかったら自動的にメインのルートになりがちだけどね。」
「へー、そういう仕様なんだ。」
そうか、無理にフラグを立てなくてもゲームオーバーにならないんだったら、わざわざ恋愛する意味はないな。
『続いて、新入生代表の挨拶です。』
いつの間にか、校舎裏の彼が壇上に上がっていた。校舎裏で見せた表情とは裏腹に爽やかな笑顔を見せている。スラスラと丁寧な挨拶を述べる彼は確かに格好良く、メインヒーローに選ばれるのもわからなくもない。私は本来ならこいつと恋愛するのか、やっぱり最初に印象最悪だったやつと結ばれるのは王道か。
それが王道…なら私はその逆を行こう。こいつとのフラグを全てへし折って、独り身エンディングを目指してやる。ゲームの仕様をガン無視して卒業する。待ってろよ卒業式!
私がそう決断した瞬間、彼がこっちを向いた気がした。どうか気のせいでありますように。




