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前編


私はタヌキだった。


そうあの、丸い目に、丸いお顔の可愛い動物。

あのタヌキだったの。


でも、今はひょんな出来事のせいで人間になっちゃった。


ひょん、て何なんだろうね。


なんだか狐っぽくて好きじゃない言葉。

やっぱり言い直そう。妙な出来事だよ。


あれは、まだ麓の柿の木が、芽を出したばかりの頃。


夜が得意な私は、日暮れに起きて川べりで小魚を狙ってた。


他のタヌキは、麓の村の百姓の畑を狙いに行く子が多い。でも、鎌が飛んできたり、刀で斬られたり、遊び半分で弓を射られたりする話を聞いて、私は絶対に行かないって決めた。


細々と、平和に生きるのが一番だよ。


流れる川の水は、春先でも冷たいけれど、ふさふさの毛があれば寒くない。

ばしゃん、前足で岩をひっくり返して、隠れてた小魚をぱくり。

うん、悪くない味だよ。


これで、何か甘い実でもあれば最高なんだけど。


川岸に上がろうと首をめぐらせると、何やら川を流れてくるものが。


どんぶらこ


どんぶらこ


唯一の人間の知り合い、ウバステババが言ってた。

大きな桃の中に人間の赤ちゃんが入ってるって。


その話聞いたとき、思ったんだ。


人間、いらない。


桃だけ欲しい。


なのに、大きな桃かと思ったら、人間の子供だった。


あー残念。

そっちじゃないよ。


たまにね、森にはババみたいな老人とか、やせ細った子供とか置いていく人がいるんだよね。

それかな?


川を流れる少年を、ぼー、と見ていたら少年は岩の浅瀬に引っかかった。

今まで見て来た人間の着物は、ボロボロの擦り切れだったけど、少年の衣は厚くてしっかりしているように見える。

あれをババにあげたら喜ぶのでは?


私は、少年に近づいた。


天を仰ぐように上向きに漂着した少年。

細い顔に、しゅっとした高い鼻。冷えて真っ白になった薄い唇。

なんだか、狐っぽいなと思った。

可愛そうに、きっと不細工扱いされているよ。

やっぱり、顔は大きくて丸くないと。

川の流れに波を描く長い黒髪は綺麗だけど。

何か、いい匂いがするな。


「……っ」


私が鼻先を近づけて、くんくんしていると、少年が呻いた。


い、生きてたの⁉


びっくり仰天した私は、ひっくり反って意識を一瞬失った。

でも、おぼれそうになって気を取り戻した。


あ、危なかった。

タヌキは、びっくりすると気絶するのよ。

だからタヌキ寝入りなんていわれちゃう。


私は、恐ろしくなって、そろり、そろりと後退した。

着物は水を含んで重そうだし、ババの所に持っていけない。


さようなら、少年。

来世では、たぬきに生まれるといいね。


くるりと、少年に背を向け、私は走り出そうとした。

しかし、ぐっと、しっぽが引かれてしまった。


ひいいいいい!


再び気絶して、ぶくぶくと沈む私。


何てことするのよ!


気を取り戻して、少年を振り返った。


「たぬき……くそ……だれか、人はいないのか……賊に襲われた……」


少年は、体を起こし、私のしっぽを掴んだまま、ゲホゲホとむせ返り、ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返した。

川の中だから気が付かなかったけど、少年からは血の匂いがする。


ぐるるる!


威嚇しても、少年はそれどころではなさそうだった。

傷みと息苦しさに、背中を丸めている。

やがて、私のしっぽも放された。


その姿は、咳がとまらないウバステババみたいで、哀れに思えて来た。


私は、おそる、おそる近づいて、少年の膝に前足をついて、顔を覗き込んだ。


「……お、お前……心配しておるのか、たぬきのくせに」


そう鼻で笑う少年は、まさに狐のようで、イラっとした。

ふさふさのしっぽで、少年の体を何度も叩いた。


「なんだ、温めているつもりか?」


ちがーう!

この、こんこんちきが!


もう、いいや。帰ろう。

私は、ぱーっと走り出した。


なんだか、しっぽが、ずっと引かれているようで重かったけど――



途中、松明を持ち、武装した男たちを数人見かけた。

こんな夜中に狩りなどしないでしょ?

何してんだろ?


夜目が利かない人間になど見つかるわけなく、私は颯爽と駆け抜け、ウバステババの家にたどり着いた。

家、などと大層立派なものでもない。

洞穴に枯れ木で作った簾を付けているだけの巣だ。


「あれ、はやいな」


ババは、夜も長くは寝ていられないらしく、何度も目を覚ましては、私を抱く。

温かい、温かいと喜んでいるし、私もぬくいので許している。


「なんぞ、ええもんでも食べれたか?」


ババの問いに、うむ、と頷いた。

そして、頭の中には、あの少年の姿がちらついた。


そうだ、もしも、あの少年を助けて元気になったら、ババができない事もできるのではないか。

この巣に “と” なるものがあれば、もう少し暖かいのに、とか言っている。

でもババには作れないらしい。

“と” はきっと、大岩を砕いてつくるにちがいない。


そうだ、あの少年に “と” を作らせよう。


それにあの衣もババに着せるのだ。

ババがアレを着て、私を抱けば、もっと暖かいに違いない。


私は、ババの擦り切れた着物をくわえ、こっちに来いと引っ張った。


「どうしたんだい、おたぬさん」


ババは、立つのにも苦労する。どっこいしょ、という呪文を唱える。

そして、えっちら、おっちら、ついてくる。

ババは、必ずついてくる。

それは今日まで、私がババの食べ物を探してあげているからだ。

ババは、来た時よりも少しふっくらした。

この森は “くまのもり” と恐れられて人がほとんど来ないけれど、食べ物は多い。

水も綺麗で魚も沢山いる。

豊かな森なのだ。


まっくらな森を、私がくわえた紐をババが手にして歩く。


ゆっくり


ゆっくり


ひっくり返ったら、ババは「死んでまう」らしい。

でもババは、山に慣れている。


「あれまぁ、人の子かい?」


あの少年は這ってきたのか、川にたどり着く前に見つけた。

大きな木に寄りかかって、着ていた着物を破って、足に巻き付けていた。

彼の周りには、蛍が飛び交っていて、輝いてみえる。


私は、ババを置いて駆けだした。


何てことするのよ!


私は少年の側にたどり着くと、破かれ、少年の太ももに巻かれた着物を哀れみ泣いた。


なんで、破るのよぉ。


ふーん、ふーんと鳴いて、少年の足に鼻を擦りつけた。


「なんだ、お前、心配してくれているのか……」

「捨てられるにしては、随分ご立派な童だねぇ」

「っ⁉」


歩み寄って来たババに、少年が驚いて腰に手を当てたけれど、目当ての物がなくて拳を握った。


「何奴」

「何もかんも、ただの姥捨てババだよ」

「……」


ババの返答に少年が押し黙り、近づいてきたババを見て警戒を解いた。

蒲公英の綿毛がかすかに残っているような、ババの白頭。

ガサガサでしわしわの肌。

何本も抜け落ちた歯。

そして、ババは野生のにおいがする。

仲間を捨てに来る人間たちより、畏まっていなくて、自然体で、さぞ少年も安心したよね。


ほら、眉間の皴が――深くなってる?


「怪我かい?」

「賊に襲われ、矢を射られました」


こわっ!

私は、自分に矢が刺さったことを想像して、顔を背けて寝たふりをした。

すると、少年の手が私の背に乗せられた。


気安く触るな。

私はしっぽをからめ、奴の手をどけようとしたけど、その前に離れた。

何だ、その満足そうな顔は。


「私の洞穴に、ヨモギや拾った釘抜があるでよ。来るかい?」


ヨモギは知ってる。もしょもしょした葉っぱでしょ。

釘抜ってあの、とんがりのある硬いやつ何につかうの?

私が首をかしげると、少年が私の頭を撫でた。


「お借りします」


そう言って、まだ矢が刺さっている足で立ち上がったので、私が倒れた。

気が付いたら、ババが肩を貸し、少年は歩き出していた。


もー、二人とも何も見えないくせに。


私は紐をくわえて駆け寄った。



人間は頭がおかしい。

矢をほじくって抜くなんて、普通じゃない。

私は、狂気の二人が恐ろしくて、泣きながら洞穴を走り回った。

木を咥えて痛みに耐えている少年は、すっころんでいる私を見て、変な顔して笑ってた。


「みょうな……たぬきだな……」


射られたタヌキは直ぐに死ぬのに、少年は日に日に良くなっていった。

私の捕まえた魚を食べ、木の実を食べ、ガタガタ震えた日は首にしっぽを巻いてやった。


雨が増える頃には、少年は歩けるようになった。


だから、案内してあげた。

私の特別な場所に。


「なんだ此処は」


森に捨てられ死んでいった哀れな人々は、山の洞窟にある池に祠を作った。

祠の上は、ぽっかりと穴が開いて夜になれば月明りに照らされる。


蛍が舞い、ときより、人の骨の上で羽を休めた。


哀れな魂が、蛍をより一層輝かせ、光はおびただしい数になって空へと昇っていく。


きれい


きれい


「世にも美しい景色だ」


少年の目には涙が浮かんでいた。

ぱっくりと開いた横長の目は、釣り目で意地悪そうなのに、私の大好きなまん丸じゃないのに、綺麗だった。

それに、少年の髪は漆黒で艶やかで馬のしっぽみたいだ。

ババ様の綿毛も好きだけど、馬のしっぽも好きかもしれない。


地面に腰を下ろして景色を眺めている少年の髪を食んで遊んだ。


「お前とババ様には世話になった」


何をしんみりと語りだしたのか。

私は、気にせず少年の膝に乗った。

矢傷はもう痛くないらしい。


「感謝している」


じゃあ、早く大きくなって、ババさまに “と” を作ってあげてよ。

タヌキは、一年もすれば大きくなる。

人間はどれくらい?


捨てられた赤子は、大きくならないから、分からない。

私は少年の膝の上で寝床をつくり、半目を開けてババ様が池の周りに葬った赤子たちを思った。


起きたら、少年は居なくなっていた。


「あの子は、帰っていったよ」


ババ様は笑っていた。


なんと、恩知らずな奴だ。


ババ様は、鶴だって恩を返すって言ってたのに。

食うだけ食って、世話になって消えた。


私は、怒りで森の中を駆けまわった。


どこにも居ない。


黒いしっぽは無い。


狐の顔は見当たらない。


居ない。


居ない。


あぁ、いなくなっちゃった。


私は、川で魚を獲った。少年と出会った場所だ。

沢山とって、少年の分も食べた。


目から雨が降る。


「たぬきも泣くのかい? 不思議な子だ」


そうだよ、私は特別なタヌキなの。

お母さんは、しっぽが二本生えてたんだから。


「おいで」


ババ様が私を抱いてくれた。

しわしわ。

ちょっと臭い。

でも、ずっと一緒にいてくれる。



ババ様しか好きじゃない。


狐顔の少年なんて大嫌い。



それから、少し経って。

麓の柿の木が、何度も実を付けた。


ババ様がお骨になって、一人ぼっちになった。


人の世は “ききん” というのが、やってきたらしく、熊すら恐れず森の中に入ってくるようになった。

食べるものが無いらしい。

新たなババ様や、子供がやって来たが、みんなすぐに動かなくなって、友達になれなかった。


あぁ、少年は無事だろうか。


もう大きくなったはずだけど、お腹がすいていないかな。


川の魚を届けてあげよう。


少年は、山を一つ越えたところに住んでいると言っていた。

そこの、一番大きな屋敷に住んでいると。


口にくわえた魚は、何度か地面に置いたから、土だらけになったけど焼けばいい。

人間は、魚を焼くのが大好きだからね。


私は、怖くて火には近づけない。


「あっちいけ、狸!」


何度か人間に追いかけられた。

でも、まっすぐ走った。

動物の勘、というやつだろう。こっちに違いない。妙な自信があった。


それにしても、お腹がすいた。

よだれが止まらないのは、魚を咥えているからか、もう一日何も食べてないからか。


待ってて、少年。

今、届けてあげる。


ちょっと、うつら、うつらしながら休憩をして、また走るから――


こく


こく


首が揺れて


もぐ


もぐもぐ


ひと眠りしたら。

空腹がましになった。


これで、走れるよ。


「っ!」


何てこと?

寝ている間に、魚を盗まれてしまった。

どこ、私の魚はどこなの?


近くに居た犬を睨みつけ、お前かと聞いた。

すると、その凛々しい犬は、鼻をしゃくった。


お前だと。


私は、あまりの衝撃に、倒れた。



犬は、紳士だった。

さすが、祖先はタヌキの仲間。

どこか大きな屋敷で番犬をしているらしい。用を足しに外へ出て来たそうだ。


主人は、狸が好きらしく、狸の絵を所有しているという。


きっと魚の一匹くらいくれる、そう言われ彼に付き従った。



大きな屋敷だった。


ババ様が暮らしていたのは、まさに巣。

これは屋敷。

綺麗な木が沢山使われている。

どうやって、人の背よりもはるかに大きいこの屋敷を作ったのか。

川のように長い廊下、白い丸い石の庭。絵の描かれた四角い板。

別世界だった。


ぽかーんと眺めていると、人の気配がして隠れた。


「雷剛、どうした?」


男が廊下に現れた。

そして、庭の方を見て、犬に声をかけた。


あぁ、あの少年だ。

面影が残る、細面の涼やかな――かわいそうな狐顔。

ぜんぜん、張り出してない腹。

太くない首。

少しも立派じゃない。

タヌキらしい豪胆さや、ふくよかさは欠片もない。


やっぱり、餓えているのだ。


私は、自分を責めた。

なぜ、魚を食べてしまったのか。


「くぅーん」


犬が私を紹介しようと、岩を積み上げたような飾りの陰から私を出そうと尻を押した。


やめなさい、犬!

私は食べてしまったのだ、魚を。


こうなれば、もう一度、魚を獲ってこなければ、少年に顔向けできない。

いや、今は青年だわ。


もっと太らせないと、嫁も来てくれないに違いない。

やはり、ふくふくに太り、顔がまん丸にならないとだめだ。


私は岩陰から飛び出した。


「たぬき……」


青年の声は、昔より低かった。


次の日、川に戻り魚を獲った。

そして、また走った。

行き先が分かったので、足取りは軽い。


あっというまについた。


そして、足に履く物の隣に置いた。

すぐに犬がやってきて、わんと吠えた。


すると「曲者か!」と武装した男たちが集まって来た。


怖すぎる。

私は、倒れかけたけど、踏ん張って、床下に潜り込んでいった。

そこから庭をみていると、色白い男の足が下りて来た。

履物をはいて、その横の魚に気が付いたのか、細長い指がそれを拾い上げた。


「たぬきは居なかったか?」

「たぬきですか? さぁ……」

「この馬鹿犬、曲者はおらんじゃないか」

「待て、叱るな。客人が来たようだ」

男の声は、弾んでいた。

私は、なんだか心が温かくなった。

「へ?」

「もうよい、下がれ」


それから、何度も魚を運んだ。


「たぬきよ、姿を見せてはくれまいか」


男は寂しそうに私に声をかけたけれど、私は隠れ続けた。

だって、小さな魚一つでは、男は全然ふくよかにならないから、不甲斐ないのだ。


悲しいのだ。


男も、あの祠の骨のようにならないか、心配なのだ。


私は、くやしくて、くやしくて縁の下で泣いた。


「たぬき、出てきてくれ」


私に、腕があったなら。

人の様に、道具を扱えたなら。

もっと魚が運べるのに。


ババさまが、言っていた。

この世から去るときには、お迎えがくるって。


無理がたたって、体が動かなくなった私は、お迎えを待つことにした。


ババ様も眠る、洞窟の祠の前に横たわった。

もうすぐ、雪が降る頃なのに、洞窟の中には蛍が舞っていた。


「世にも美しい景色だ」


少年はそう言っていた。


私に蛍を包む手があったらな。

そしたら、蛍も、魚も沢山持っていけたのに。

せめて、あの犬に、もっと獲物をとってやれと言えばよかった。

もう、何日も屋敷に行けていない。


でも、もう歩けない。


「たぬき!」


青年の声と、わんわん、とあの犬の声の声が聞こえた。

これがお迎え?

瞑っていた目を開いた。


真っ暗の洞窟は、月光が一反の布の様に垂らされている。

きらきらと眩しい蛍は、どこだろうか。

視線を彷徨わせると、駆け寄って来た青年と犬がいた。


青年の顔は、とても悲しい顔をしていた。


「たぬき、どうしたのだ!」


いつの間にか大きくなっていた手が、私を抱き上げた。

温かい腕から、私の自慢のしっぽが零れ落ちた。

いい匂いがする。

乾燥して硬くなった鼻を動かした。


「しっかりしろ! お前、病気だったのか? ここしばらく来ていないようだったから心配していたのだ」


青年は、恐る恐る私を上向きに変えて、赤子の様に抱いた。

まじまじと眺めた青年は、相変わらず狐みたいで不細工だ。

次に生まれるときは、たぬきのような美形にしてもらうように、神様に頼んでおいてあげよう。


たくさん、ご飯がたべられるように、頼んであげる。


「たぬき……」


青年の片方の手が、私の眉間を撫でた。

くすぐったいくらい、そっと――


「腹は減ってないか」


それは、あなたでしょう。

そういえば、あの祠の裏に、柿の実を一つ隠しておいたの。

柿は、しばらく干していると甘くなるとババ様が言っていたから。


ちょっと、下ろして。

とってきてあげる。


「たぬき、動くな。今、連れ帰ってやる。屋敷で薬師を呼ぼう。暖かい寝床も用意する」


別に寒くない。

“やくし” が何かも分からないけど


“と” はあるのかしら?

ババ様が欲しがってたから、この洞窟につけてあげてよ。


「待っていろ、持ってきた果物がある」


青年が私を、そっと地面に下ろした。


待ってて、私も柿、もってくる。


「おい! どこへ行く!」


よろよろと歩き出した私に、青年が驚き、どうしたものかと手を彷徨わせた。

小さな祠なのに、裏に回るだけで一苦労。

朽ち果てそうな祠には、裏に穴があるの。


そこに、柿をいれておいたの。


「たぬき、やめろ、何を探している。もう行こう」


ない。


あれ?


ないな。


おかしいな


あれ?


また食べちゃったんだっけ?


ないよ。


「たぬき!」


青年が私の体を優しくつかんで、引き戻した。


ごめん


また、食べちゃったみたい。


ごめん


情けなくて、涙がぽろぽろ流れ落ちた。


「どうしたのだ? 泣いているのか? おぉ……すまない、悪かった、もっと早くお前を、きちんと探していれば……」


しゃがみこんで、私の背に手を当てた青年の目からも、涙がひとすじ――

すごく綺麗で、その温かい涙に触れたくて、鼻を近づけた。


でも、届く前に、足は力を失って。

私は、地面に崩れ落ちた。


「たぬき⁉ しっかりしろ、いつもの狸寝入りだろ」


私は、抱き上げられ、青年は何か叫んでいた。


「たぬき、起きよ!たぬき!」


次の世は、人間になりたい。

獲物を沢山抱える腕と

“と” を作る力を持った人間になりたい。


重く感じていた体は、ふと軽くなった。

まるで蛍の様に浮かんで、私が見えた。

私に叫ぶ男と、祠から柿を取り出してきた犬と、まばゆい程に洞窟を満たす蛍の光。


まぶしい


光は段々と強まり。


男は、私を守るように抱いて体を丸め。

犬も柿を落として、うずくまった。



まっしろな世界が


やがて、おさまった。


そして、再び男の腕に戻った私は、大きな産声を上げた。





















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