ベースキャンプ
いつの間にか焚き火の音が妙に耳に残る程に静けさがベースキャンプを覆っていた。
リリーとロンはすっかり危険な島にいることを忘れた様に、一人と一匹を残し寝てしまう。残されたフローラとウォルターは静かに焚き火に彩られる闇を見つめていた。
「なんだか、こういう夜は昔の思い出を美化してくれて、少しはましな物に変えてくれる気がするわ…」
フローラは誰に目を向ける訳でもなく、まるでもう一人の自分に話しかける様にウォルターに話しかけた。その言葉に耳だけを向けるウォルターはリリーの毛布を少しかけ直してやる。
「気がするだけにゃ…」
「あんた…ただのアイルーじゃないね?その防具何処で手に入れたんだい?」
「…」
「アイルーが黙るとただの猫だね、おい聞こえてるんだろ!」
「うるさいにゃ、猫の方が良いにゃ、猫の方が幸せにゃ…」
「あんた西の国の軍隊だね?見たことあるよ、それもかなり珍しい…特殊部隊のアイルー装備だろ」
「忘れたにゃ、昔のことは美化するより忘れた方が効率が良いにゃ」
「アサシン…何人殺したんだい?人の急所は全て心得ているのだろう?恐ろしい猫だね…」
「…虐めが過ぎるにゃ、今夜は僕が見張りをするからさっさと寝てほしいにゃ」
ウォルターはフローラの挑発に流石に苛立ちを見せ尻尾はバシバシと地面に叩きつけた。それを横目にフローラはしばらくにやつく。
「言っとくけど、あんたを信用した訳じゃないよ」
「なら寝ないで良いにゃ、その代わり…黙れ!」
ウォルターの言葉に込められたそれは、日々モンスター達から感じるそれでは無く、静かで静かでまるで闇に溶け込んでしまうかの様な…殺気であった。フローラは一瞬真顔に戻り自分愛用のヘビ―ボウガンが何処にあるかを瞬時に目で探る。
「悪い悪い…冗談さ、しかし久しぶりに鳥肌が立ったわ、許してくれ」
「良いにゃ、美化せず忘れるにゃ」
しばらく沈黙が続きフローラが立ち上がった。
「寝るわ…信用すっから頼んだよ!」
ウォルターは下を向き火の影に隠れ微かに笑みを零した。フローラが寝床に着くと
「さっきの質問…前の部隊長であるご主人を合わせて、125人にゃ」
何の反応も無く、薪の割れる音だけがこだました。そして少し時間を置いて。
「やっぱ寝れねーわ!」
フローラは慌てて起き上がるとボウガンの手入れをし始めた。
***
次の日も快晴であった。
リオレウスの叫び声が天高くこだまし、リオレイアの背中におぶさるようにレウスは倒れこんだ。
「これで何頭目だい?」
フローラはお気に入りのゴーグルを片手で持ち上げ額にずらすとロンに問いかける。
「6頭目っだよーん!大量大量!!」
「本当に不思議な島だにゃ…レウスだらけにゃ」
皆は慣れた手つきで高く売れる部位のみのレウスの解体をし始めた。しかし一人だけ叫び声を上げながらジャギィノスと死闘を繰り広げる者がいた。
「ウォルタ~手助けおぉぉぉ~…」
「はあ、…ご主人様」
ウォルターはレウスの背中から飛び降りると、しぶしぶな感じでリリーのもとへと駆け寄った。鎖鎌の分銅をそのジャギィノスの眉間に直撃させると鈍い音が鳴り響き、その巨体はよろよろと少しうろつき倒れ込んでしまった。
「ご主人様もう大丈夫にゃ…ほら怪我を見せるにゃ」
「んもうっ!なんでこんな島に長居しなければなりませんの?」
リリーはウォルターに手当てを受けながら文句ばかり口にし、態度は体も動かしウォルターの手当の邪魔をする。
「いくら待ってもギルド船は来ないよ」
フローラは呆れた口調でそう告げる。
「ご主人様、あんたのせいにゃ…ほらじっとするにゃ」
ロンがリリーに近づき茶化す様に今の状況を説明する。
「俺たちは密猟者、ギルドの連中に易々と見つかる様な場所でハンティングはしないのさ!だから、ギルドのお厚いサービスは受けられませーん。そう言うことだからよろしくう」
リリーはロンの説明ではあまり理解出来ておらず、ただバカにされたと思いムッとした。
「お姫様?御分かりですか?ギルドのサービスが受けられない以上、船で送り迎えが無ければ、索的スキルの付いたアイルー部隊も常備されておりません、だから下手に動き回れば…1落ちだけで人生のThe Endよん」
フローラは別にどうということでもないと言う風に説明を付け加えた。
「ご主人様…足りない頭で理解してほしいにゃ、今回ばかりはまじでやばいにゃ」
「…帰れるの?」
なんとなく理解したリリーは、怯える様に問いかけた。その目には不安から涙が滲む。
「帰れるわよ、じゃなきゃ私たちもこんな所に来ないわよ。後三日もしたら軍の機密船がお迎えにやって来るわ…まあ信用出来ないけどね」
「最悪、漁船でもジャック!とかもあるね~」
「行き当たりばったりにゃ…あんたらとは二度と仕事をしたくないにゃ」
そう言うウォルターに、ロンがちょっかいを出しそれに反応したウォルターが取っ組み合いを始める。はたから見ればあまり緊迫感は無い、不安を募らせるのはリリーのみであった。
「ほら、あんたの分け前よ」
フローラは元気の無くなったリリーに、素材を投げ渡した。リリーの運動神経ではそれを受け取ることは出来ない。
「ギャッ!!なんですのこれわっ!?」
「おい落とさない!たくっ、貴重品だよあんた。これは火炎袋、レウスに一度も火を吹かせずに剥ぎ取った物だからいい稼ぎになるの。早く拾いな!今回はこれがメインの狩猟なのよ、何処の軍隊もこれを欲してるの」
「何に…使うのですか?」
「はあ?そりゃ何にでも使えるわ、燃料になるからね。…人も焼き殺せるしね」
リリーはまだ温かいレウスの臓器を持ち上げるとただ何も考えずそれを見つめた。
「…タプタプしてる」