40 嫌な匂い
そして翌日、内装業者の人たちが来て打ち合わせがおこなわれた。
いっきに四つの部屋の工事なので、担当者も忙しそうだ。
「聡志の部屋も一緒にやろうぜ。どうせあのジジイが払うんだから問題ない」
いやいや、その元手は僕が拾うんだからね。
「僕は良いよ。今でも不自由なことは無いし、特に傷んで困っていることもないから」
古村さんの誘いを断った僕に三沢さんが言う。
「お前だけしないってのはダメだ。私たちがイジメているみたいじゃないか。それに玲子さんも裕子ちゃんも遠慮してしまうだろ? だからやれ」
僕も打ち合わせの輪に加わった。
まあやってくれるというのならありがたいけれど、本当に不自由は無いのだけれどね。
貝殻拾いも裕子さんが手伝ってくれるし、裕子さんがくれば古村さんも来るし。
「ではイメージパースを描いてまたお伺いしますよ。オーナー様から指示されたお部屋はもうすぐにでも工事に掛かれますので」
オーナーの指示? まさか神ジイもここに? いやいやいや、それは無いか。
ふと見ると古村さんと三沢さんがものすごく嫌そうな顔をしていた。
ということは? え? マジか……。
「そっちはどうでも良いよ。とにかく女性たちの部屋を優先してくれた方がいいかな。俺もこいつもこのガキも、別にいつでも良いんだから」
まあその通りだね。
業者さんが引き上げた後、僕たちはいつものようにカフェタイムを楽しんだ。
玲子さんと裕子さんは、なんというかイメージ通りの内装を選んでいた。
玲子さんは落ち着いた感じのアイボリーを基調にした壁紙で、備え付けの家具もオークで統一している。
カーテンは秋を感じさせる柄だ。
「玲子さんのイメージにピッタリだね」
うん、細かい事でも口に出して褒める……将来のためにメモしておこう。
対して裕子さんの部屋は、ひとことで表現なら春だね。
白地に小さな花柄の壁紙も、若草色のカーペットも素敵だ。
家具も白いから部屋がとても広く感じるし、窓から見える海の青がとても映える。
「裕子ちゃんは海側なんだね、玲子さんは林の方で良いの?」
古村さんの声に玲子さんが頷いた。
「ええ、私は田舎育ちだから木や土の匂いが好きだし、とても落ち着くの。だからコーヒーもマンデリンが好き」
三沢さんがものすごくうれしそうな顔をしている。
「私は街中で育ったからかしら、海にすごく憧れがあるの。朝起きてカーテンを開けたら眼前は海だなんて素敵だわ」
なるほどね。
二人の部屋の間には『神ジイの部屋』が作られる予定らしい。
ほとんど居ないくせに負けず嫌いなんだろうか。
廊下を隔てて古村さんと三沢さんと僕の部屋が並んでいる。
一番海側が僕の部屋なのだけれど、二人の部屋からも海とあの丘が見える。
真ん中は三沢さんの部屋で、古書店の真上という配置だ。
「三沢さんも古村さんもなんだか不思議な内装ね」
裕子さんが面白そうに言った。
「うん、暗い方が落ち着くんだ。それに何かに囲まれているとよく眠れる」
三沢さんの言葉に古村さんが何度も深く頷いていた。
「なるほどね。そういうものなのね?」
妙に納得したのは唯一の人間である玲子さんだ。
「まあ落ち着くっていうのが一番よね。一番意外だったのは聡志君よ。年齢的に考えてもっと都会的な感じなのかと思っていたから」
僕が選んだのは和室だ。
壁は漆喰で床は畳、窓にはカーテンではなくサッシの内側に障子をはめ込んだ。
洋服とかもあるから収納は作ってもらったけれど、普通の押し入れって感じ。
「こいつにとってはそこが一番安らげるのだろう。でも良いのか? ベッドじゃなくて。布団の上げ下ろしって面倒じゃない? まあ俺はどっちにしても敷きっぱなしだけど」
「う~ん……どうしてでしょうね。なぜかこの方がしっくりきます」
三沢さんがポンと僕の頭に手を置いた。
「あの家、無くなっちゃったもんなぁ」
そうなのだ。
ばあちゃんと一緒に暮らしていたあの家は無くなってしまったのだ。
父さんの弟さんが一人で住んでいたのだけれど、病気で亡くなってしまって、身寄りも居ないし、なぜか古村さんを指名して後のことを委ねたんだよね。
「維持しても意味はない。もう全て過去のことだし、聡志もそれほどのノスタルジーは無いだろう?」
何も覚えていない僕はそれで問題ないと答えたし、更地にして売ったお金は交通事故で親を亡くした遺児のための基金に全額寄付して本当に良かったと思っているのだが。
「あの頃の僕ってこんな感じの部屋だったのですか?」
すべてを覚えている古村さんに聞いた。
「ああ、和室だったな。壁は綿壁だったし、天井はベニヤに薄い杉板を貼ったような感じだったけれどね。まあ、今回は証明をシーリングにしてくれて助かったよ。ペンダントって言うんだっけ? プラプラ紐がぶら下がっているやつ。あれはダメだ。どうしても飛びつきたくなる衝動に駆られるから」
「わかる! あれは危険だ」
狐二人が盛大に同意し合っていた。
「よくわかんないけど、何もない部屋っていうのが良いかなって思って」
店のドアが開いたのか、潮の匂いが僕たちのところまでやってきた。
どうも人間を辞めてから匂いには敏感になっているみたい。
僕たち四人が反応したのを見た玲子さんが立ち上がった。
「本屋さんにお客様かしらね」
数秒後、鼻をスンと動かした三沢さんが玲子さんの後を追う。
「聡志……嫌な匂いだ。今夜は荒れるぞ」
「玲子さんと裕子さんはどうします?」
「慣れてもらうしかないだろ? 全力で守ってくれ。対応は俺と三沢でやる」
「わかりました」
あと二日で旅行だというのに厄介なことだ。
数年に一度やってくる『嫌な匂い』のことを、僕たちは厄者と呼んでいる。
「裕子さんと玲子さんはこの店から出ないでほしい。裕子さんは対応できるかもしれないが、玲子さんには無理だと思うんだ」
裕子さんが不安そうな顔で聞いた。
「何が来るの?」
古村さんが苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。
「悪だよ。残念なことに本当の『悪』というのは存在する。魂の修行の過程でそうなるのだと思うのだけれど、そんな魂が入った体と心は救いようが無いほどのことをするんだ」
まだ何か聞きたそうな顔をしていた裕子さんだったが、いつもふざけている古村さんの真剣な表情に言葉を飲み込んだ。
「こっちに戻れって言われちゃった。誰もいなかったのよ? 三沢さんったらものすごい怖い顔をしてるんだもの」
古村さんが立ち上がった。
「まだ昼間で良かったよ。後は頼むぞ、聡志」
「はい。こちらは大丈夫だから」
ニコッと笑って古村さんが古書店の方へ向かった。
「どういうこと?」
僕は搔い摘んで話をしたが、一度聞いたくらいで理解できるような話じゃないしね。
「とにかく絶対に店から出ないで。それだけは本当に守ってね」
僕の言葉に二人は頷いてくれた。
二人をカウンターに座らせて、僕は全ての窓や戸口の施錠を確認して回る。
厄者も元は普通の魂だから、壁とか窓とか無いも同然なのだけれど、この店の周りには狐神が結界を張ってくれているので、隙間さえなければ入り込んでは来ない。
厨房はもちろん、トイレの窓まで確認した僕は、カウンターに戻って二人のために焙じ茶を淹れた。




