38 三沢さんの本気
僕の戸惑いなどそっちのけで話は進む。
「いやいや、見た目は死んだ瞬間と同じさ。同じ髪型で同じ服を着ているよ。もっと言えば事故とか病気で体が傷んでいてもそのままなんだ。最後の意識というか、自己認識みたいなものが続く。そしてそれは故郷に帰ってもすぐには戻らないらしい。私はまだ行ったことが無いから聞いた話になるけれど、だから待機期間が必要なのだそうだ。姿が魂本来のものに戻った時に、記憶も含めて全てがリセットされて、また修行に出る。それにしても玲子さんはやけに素直に納得するねぇ」
「だって三沢さんの言葉がストンと心に落ちてくるのよ。ああ、今まで苦しんでたことって何だったのかって思えてしまう。でもそれって魂の修行だったのねって納得できると、なんだ~そうだったの? だったら早く教えてくれればこれほど苦しむことは無かったのにって思っちゃう。でも、それが修行なんだよね?」
「そういうこと」
「この体に入った魂はちゃんと修行できたのかな……ロクな経験をさせてあげられなかったから申し訳ないわ」
「それも含めてすべてが修行だもの。玲子さんの魂は輝いているから大成功じゃない?」
玲子さんが僕の顔を見てニコッと笑った。
僕は頷き返してから、スッと淹れたての焙じ茶を玲子さんの前に置く。
「ねえ、三沢さん。もう一つ確認していい?」
「何でもどうぞ?」
「先ほど言った『生まれてから死ぬまでの短い時間をどう生きるか』ってことなのだけれど、要するに魂の成長する時間のことよね? だとしたら、いったいどう生きたらよいのかしら」
三沢さんが驚いた顔をした。
彼のこんな顔は珍しいね。
「いやぁ、理解が早くて助かるよ。深いところまで話すと何日もかかってしまうから、結論だけ先に言うね。その答えはたくさんの経験をすることだ。自分の心の赴くままにね。人を傷つけず、人と争わず、人の物を奪わず……なんて考えていたら最適解は引き籠りになってしまうでしょ? そうではなくて良いことも悪いことも、嬉しいことも悲しいこともたくさん経験することで、魂は磨かれるんだ。そういう意味では、玲子さんは魂にとても素晴らしい貢献をしているってことになるね」
「良いことも悪いことも……そうかぁ。そうだよね、私って頑張って生きようとしてたもん。いろいろっていうか、悲しいことや辛いことの方が多かったけれど、それは必要な事だったんだよね? でもそればかりだといけないわよね? 今からたくさん楽しい思いをしなくちゃ、せっかく私の体で修行を積んでいる魂に申し訳ないわ」
三沢さんが体をずらして玲子さんに向き合った。
「そうだね、玲子さんの心が喜ぶことをいっぱいしないとね。心は魂のごはんだから、美味しくしてあげた方がいい。だからさ、玲子さん。ここに住まないか? 私たちと一緒に暮らそうよ。毎日とてもいろいろなことがあるけれど、あなたならそれを楽しむことができると思う」
えっ! 三沢さん! それってまさかのプロポーズ?
でも三沢さんは狐で山田さんは人間でしょ? それって拙くない?
あ……そうか、魂の結びつきだから関係ないか。
僕は自分の邪な思いを盛大に恥じた。
「行く当てのない私にはとてもありがたいお話だけれど、二人で暮らしているの? だとしたら家政婦みたいなことならできるかも」
「いや、今は二人と二匹で暮らしているんだ。私ともう一匹が狐で、聡志と裕子というのが人型を維持できる魂だ。もし玲子さんが来てくれるなら、初の生身の同居人だね」
「生身……聡志君も魂? え? どういうこと?」
部屋の温度が瞬時に上がった。
こういう時は必ず現れるんだよね。
「それはワシから説明しよう。三沢狐の話は長くてかなわん。待ちくたびれたぞ。聡志、ワシにはブルマンじゃ」
ほら来た! 神ジイ降臨だ。
三沢さんが嫌な顔をしてそっぽを向いた。
僕は素知らぬ顔でサイフォンをセットする。
「えっと……」
山田さんがオドオドしている。
そりゃそうだ、今日の神ジイの姿はどこから見ても幼児だもの。
「何も考えんでよい。目を瞑るのじゃ」
そこで素直に目を閉じる山田玲子さん、あなたは本当に素敵な人だ。
「フンッ!」
浮き上がった神ジイ幼児が山田さんの頭に指先をのせた。
ほんの数秒、ストンと床に舞い降りた神ジイが厳かな? 声を出す。
「理解したか?」
「はい、理解はしました。が……心はまだ追いついていませんが」
「それでよい。ああ、ついでにお前の心は修復しておいた。もう痛みもなかろう? 痛みの原因は自己嫌悪であったぞ。浮気の相手から奪い返したような気分になっておった己を嫌悪したのであろうが、それほど大したことではない。気にするな。それよりも相手を憎むことで誤魔化そうとせなんだお前の心根や良しじゃ。ここに留まることを許す。肝に銘じて励め」
「はい、ありがとうございます。精一杯努めさせていただきます」
え? 同居決定? まじか……ちょっと嬉しいかも。




