表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/43

28 サウダージ

「早かったかの?」


「いらっしゃいませ。何度も言ってますけどうちは十時開店です」


「今は?」


「八時ですね」


「ふぅん。まあよかろう」


 言っても無駄だった。


「あの別嬪さんはどこかの?」


「今は古村さんと一緒に階段の掃除をしてくれています」


「また金集めか。あの狐も懲りん奴じゃの」


 僕は神ジイお気に入りのブルーマウンテンを取り出した。

 フラスコに湯を入れてアルコールランプに火をつける。

 下から湧き上がる泡が徐々に大きくなっていく。


「お前から見て彼女はどうかの?」


「素敵な人ですよ。優しさがにじみ出てるって感じかなぁ。魂もすごくきれいな色をしてました。でもね、心が傷みすぎちゃってて見てるだけでも辛くなるんです」


「心か……のう、ずっと前にワシが出した宿題の答えは出たかの?」


「神とは何かですよね。みんな知っているけれど、それを確かめた人はいない……難しいですよ。思いつくことはたくさんあったのですが、それのどれが正解なのかがわかりません」


「ほほほっ、ワシは答えはひとつなどとは言うてはおらんぞ? でも最後は一つに帰結するのじゃがな」


「それが神ってこと?」


 神ジイがふっと顔を上げた。


「なんじゃ、お前もあながちバカではないのじゃなぁ」


 ケーキをサービスしようかなって思っていたけれど、やめた。


「そんなケツの穴の小さいことを言うな。全部出せ」


 いい加減に思考を読むのはやめてほしい。

 漏斗が勢いよく湯を吸い上げ、コーヒーの良い香りが僕たちを包んだ。


「美しい。実に美しいわい」


 僕は今日のデザート三種を皿に盛って神ジイの前に出した。

 カップは本人が持ち込んできた有田焼だ。

 どうせその辺で拾った貝殻で買ったんだろうけれどね。


「おう! もう来てたの? 年寄りは朝が早くていけないねぇ」


 古村さんが帰ってきたみたいだ。

 後ろから裕子さんが顔を出してぺこんと頭を下げている。

 神ジイの横に無遠慮に座った古村さんにもコーヒーを出した。


「裕子さんは何にする?」


「私は焙じ茶が良いなぁ。本当に美味しかったもの」


 お安い御用だ。


「なるほどのう。うん、なかなか良いのう」


 神ジイが裕子さんを見てニタニタと笑った。

 

「あんた、苦労しなさったのう。でもまだ頑張るのかの?」


 裕子さんが頷く。


「子供の助けになるのであれば」


「ほうほう……なるほどの」


 神ジイの足元に座っていた狐がむっくりと起き上がった。


「こちらに来なさい」


 狐の発した言葉に憑りつかれたように裕子さんがふわっと浮いた。

 誰も何も言わない。

 狐と裕子さんは、そのままガラス窓をすり抜けて林の中へと消えていった。


「早そうだと思ったのだけれど?」


 古村さんが神ジイに聞いた。


「ああ、すぐじゃろう。耐えられればな」


 三沢さんが入ってきた。


「おはよう。良い香りで目が覚めたよ。私も同じのを貰おうかな」


 頷いた僕はフラスコに湯を注いだ。

 コーヒーは不思議だ。

 同じ豆でも淹れるたびに香りが違うのだから。

 今日の香りはいつもより甘く感じる。

 僕の心が穏やかだからだろうか。


「行きました?」


「ああ、すぐに戻るじゃろう」


「耐えられますかね」


「どうじゃろうのう。魂はキレイなままじゃが心がひび割れとるでのう」


 三人は黙ったままガラス越しの海を見ている。

 もうすぐ春が来るのだろう。

 目の前の枝先に小さな新芽が見える。


「ではワシは戻るかの」


 神ジイが立ち上がる。


「旨いものでも作ってやれ。あの子は塩サバが好きじゃ。大根おろしをたっぷり添えてやってくれ。味噌汁には薩摩芋を入れてやれば喜ぶぞ」


 頷いた古村さんがぽわんと消えた。

 今日はどこまで行くのだろう。

 塩サバと言えば焼津かなぁ……薩摩芋ってやっぱり鹿児島?


 静かな時間が流れる。

 三沢さんがオーディオのスイッチを入れた。

 波の音が僕を包み込む。


 この音を聞くたびに、なぜか懐かしい気持ちになるのはなぜだろう。

 何なのだ、この甘く切ないサウダージは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ