24 朝の風景
そして翌朝、いつもより早めに店前の掃除をした。
いつもはやらない海岸までの石段を全部掃き清めたけれど、掃いた端から葉っぱが降って来る。
今は冬だから、秋のうちに散り積もった葉が風に煽られ斜面から落ちてくるのだろう。
「キリがないな」
ひとりごちた僕に階段の上から古村さんが声をかけてきた。
「全部札だと思えば楽しいだろ?」
まあ、あなた達にとってはそうかも?
「朝のコーヒーにしましょうか」
「ああ頼むよ。この頃じゃあ聡志のコーヒーじゃないと目が覚めない」
店に入りヤカンを火にかける。
カウンターには三沢さんがすでに座って待っていた。
「おはようございます。今日は特別早いですね」
「おはよう。なんだか緊張してね。いつもより寝が浅かったよ」
「今朝は何にします?」
少し考えてから三沢さんが口角を上げた。
「ルナールブレンド」
何度も試行錯誤を繰り返して作った『ルナールブレンド』は、店の一番人気になる予定だ。
「俺もそれ」
「畏まりました」
僕はリハーサルとばかりに、二人の前に磨き上げたチェイサーグラスを置く。
「やはりレモン水にして正解だな。水は白州のにしたの?」
その水を一口含んで三沢さんがそう言った。
僕は声に出さずに頷いた。
「今日のデザートは何?」
知ってるくせに聞くんだもんなぁ。
「チョコレートフィナンシェと生チョコで作ったガトーショコラです」
「両方ちょうだい。味見してやろう」
ルナールブレンドはペーパーフィルターで淹れる。
一度に入れるのは二人分までにしようと言いだしたのは古村さんだ。
丁度淹れやすい量なので僕としても大賛成なんだよね。
「ああ、良い香りだ。焙煎度合いがいいね」
「二人とも深煎りが好きですもんね」
今日から出すコーヒーは四日前に焙煎したものだ。
二人は四日目のものが一番旨いと言う。
人によっては一週間とか十日とか言うらしいけれど、そこは好みの問題だろう。
大き目のデザート皿に二種のスイーツを盛り付けて二人の前にそれぞれ出した。
生クリームは添えず、ココアパウダーを飾りとして振りかける。
「合うよ。完璧だ」
あなた達にそう言ってもらえると、頑張った甲斐があるね。
丁度その時、店の扉が開く音がした。
「ああ、いらっしゃい」
僕より先に古村さんが声を掛けたその客は神ジイだった。
「なんじゃ? 身内だけか」
「だってまだ開店前だもん」
「一番客になってやろうと思ってきたのに、先をこされてしもうたか」
「いや、俺たちは客じゃないから。金を払う人がお客様だよ」
神ジイは満足そうに頷いて三沢さんの隣に座った。
「居心地の良い店になったのう」
「ありがとうございます」
「焙じ茶とコーヒーを頼もうか」
「畏まりました」
僕はまず本人持ち込みのブルーマウンテンを挽き、香りを楽しみたい神ジイのためにサイフォンをセットした。
「さすが分かっとるのう。味ならペーパーフィルターじゃが、香りなら断然こっちじゃな。淹れる工程も美しい」
どうやら正解みたいだ。
三人は黙ったままカップを口に運んでいる。
その視線はガラス越しの海に投げられ、まるで時間が止まっているような静謐。
「ごちそうさん。旨かったぞ」
「ありがとうございます」
神ジイが一万円札をカウンターに置いた。
「祝儀じゃ。釣りはお前の小遣いにせよ。葉っぱじゃないから安心して良いぞ」
ニヤッと笑って後ろ手に手を振って出ていった。
「ありがとうございました」
古村さんが呆れたような顔で言う。
「何が葉っぱじゃないだ。おい、聡志。その札は早く使った方がいいぞ。葉っぱより消失時間が短い」
僕は驚いて古村さんを見た。
「え? 元は何なの?」
「貝殻」
「まじか……」
二人はプッと吹き出した。
僕はまた揶揄われているのだろうね、きっと。
「さあ、ぼちぼち開けますか」
三沢さんが立ち上がった。
「ああ、新しい一日の始まりだ」
古村さんも立ち上がる。
「うん、頑張りましょうね」
二人は僕の顔を見て頷いてくれた。
さあ、本当に新しい一日の始まりだ。
ワクワクが止まらない!




