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14 体があるからできること

 そんな感じで、いきなり始まる修行という名の異次元な体験を重ねるうちに、僕は現身ができるようになったらしい。

 神がそういうのだから、きっとそうなのだろう。

 試してみようということになり、古村さんがばあちゃんの家から取ってきてくれた写真を三人でじっと見る。


「この頃のお父さんって何歳くらいなんだろ? 一緒に写っている僕はまだ赤ちゃんですね」


「二十五以上三十以下ってところだろ」


「なかなか男前だね」


 正直に言って父の顔も母の顔も覚えていないので曖昧に微笑むしかない。

 僕はその写真の男性と同じ顔になろうと精神を集中させた。

 三沢さんと古村さんが固唾をのんで見守っている。


「うまいもんだ。でももう少し若い方が良いんじゃないか? それに、髪ももう少し長くしてみろよ」


 古村さんの言う通りに姿を変えていく。

 慣れればそれほど難しくはないみたいだ。


「いいじゃん! それでいこう」


 ようやく合格点を貰えた大人の姿になった僕と、肩を並べて鏡に映る古村さんと三沢さん。

 こうしてみると、三兄弟みだいだね。


「三兄弟に見えるかな」


「全然似てないから無理じゃないか?」


「良い年をした兄弟が、ひとつ屋根の下で暮らしている方がキモイだろ? 似てなくて良いんだよ」


「同じ年くらいの他人が男三人で一緒に暮らしてる方が気持ち悪くないですか?」


「大丈夫だ。ここのオーナーはあのじじいで、俺たちは従業員ってことになってる。従業員であれば一緒にいても何の問題もないさ」


「なるほど。ルナール古書店って神様のお店なんですね」


「そうだ。神様が出資して狐が運営している店だな。ところで聡志は何をするの? まあ今まで通りの仕事はしてもらうけれど、昼間とか暇だろ?」


 昼間の仕事……考えたこともなかった。


「僕、何もできないですよ。できるのは、掃除とコーヒーを淹れることくらいかな」


 三沢さんがポンと手を打った。


「じゃあ喫茶店でもやれば? コーヒーが淹れられるのだから第一関門はクリアだろ? 接客とか軽食の作り方は、専門の教室に通えばいいし、何より俺たちは聡志が淹れるコーヒーが好きだ」


「喫茶店かぁ……こんな田舎町で来る人がいますかね」


「来る人間は少ないだろうが、来る魂は多いさ。常連は彷徨える魂で、時々訳アリの人間が来る店ってことだな」


「そんな『晴れ時々曇り』みたいに言わないで下さいよ」


 話はトントン進み、僕は毎週水曜日に飲食店開業セミナーに通うことになった。

 お金は狐らしく木の葉で作るけれど、それが元に戻るまで五十年はかかるというから、詐欺まがいだけれど詐欺じゃないんだと、お金を用意した古村さんが力説している。


「じゃあ行ってきます」


「ああ、ちゃんと電車で行け。それも経験だ」


 飛べば早いが、それでは意味がないと言われた僕は、初めてスマホなるものを契約し、交通系電子決済アプリをダウンロードしてみた。


「僕って『松木聡志』っていう名前なんですね? 住所はここで、年齢は二十五歳? いっきに十歳も年とっちゃったな」


 僕名義の運転免許証と保険証と年金手帳を手渡しながら、三沢さんが答えた。


「見た目からすると妥当だよ。苗字は変えた方が都合がいい。万が一君のお父さんを知っている人間に会うとも限らないからね。それと身分証明に便利だから運転免許証も作ったが、絶対に運転はしちゃだめだよ?」


「したくてもできませんよ。それにしても凄いですね。これって偽造?」


「偽造じゃないよ。全て本物さ。カラクリは聞かないでくれ。説明が面倒だ」


 僕は黙ってうなずいた。

 そして初日の朝、何も知らない僕は、今日だけ付き合うという古村さんを頼りに、どうにか電車に乗り、なんとか教室へと辿り着くことができた。


「じゃあ俺はあそこで待っているから。頑張れよ」


 僕の肩をポンと叩いて古村さんはファーストフードの店へと入って行った。

 あの手の店は、狐の大好きな油がたくさん使われているからお気に入りなのだそうだ。


「いらっしゃいませ。今日からのクラスの方ですね? 入学証と身分証明書の提示をお願いします」


 受付カウンターのお姉さんが、にこやかに出迎えてくれた。

 初日なのでいろいろ手続きがあるみたいだ。


「まあ! ずいぶん遠くから来てくれたのですね。どのくらいかかりましたか?」


「急行を使えば一時間もかかりませんでしたよ」


「あら、意外と近いのですね。今日はオリエンテーションだけですが、大切な事なのでしっかりメモして下さいね。授業で必要な物の話もありますので、次回までに準備してください」


 流れるように説明したお姉さんに案内されて教室へと向かう。

 姿かたちは大人だけれど、経験値はたったの十四歳だ。

 ありもしない心臓がバクバクと音をたてているような気がする。


「講師が来るまでご自由にお過ごしください」


 見回すと老若男女が十数名ほど、バラバラと座ってスマホをいじっていた。

 せっかく縁あって同じ空間を共有しているのに、それぞれが透明なカプセルにでも入っているような感じで、部屋全体に寂莫感が漂っている。

 小学生の時に何度か使った調理実習テーブルが六台設置されたこの部屋は、思っていたよりずっと広かった。


「おはようございます。これって懐かしいですよね。調理実習のテーブル」


 そんな言葉で話しかけてきたのは、四十くらいの女性だった。


「おはようございます。これを見るのは小学生以来ですかね。本当に懐かしい」


 僕の返事に照れた笑顔を浮かべたこの人は、きっと優しい人なのだろうと思わせる雰囲気を持っている。

 僕の母がこんな感じの人だったら嬉しいなと思った自分に驚いてしまった。


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