12 魂のふるさと
食後のお茶を啜りながら古村さんが聞いてきた。
「ねえ聡志、修行ってどんな感じだったの?」
「どんなって……そうですねぇ、いきなり始まったので、どこからどこまでが修行なのかよくわからないうちに、ここに戻ってきたって感じです」
僕があの時何を見て何をしたのかを、覚えている範囲で話した。
「へぇ……あの事故で亡くなった母親を見せたのか。けっこうエグイことをするなぁ」
「それがそうでもなかったですよ。自分でも意外なほど冷静に『これは母じゃない』って思えました。たとえ本当の母だったとしても、それほど心は動かなかったんじゃないかな」
「そうなの? だとしたら聡志の浄化は完璧だったんだね」
「そうかもしれませんね。あの時、確かに僕の中から重たいものが消えましたもん。でも『僕の浄化は完璧だった』ってわざわざ言うってことは、そうではない人もいるのですか?」
「そうなんだよね。言葉を渡しても、どうしても消せない情念? 怨嗟? そういうのを抱きしめて放さない魂もいるんだよ。可哀そうにそういう魂はあちらに行けず、こちらで辛いまま漂うことになる」
「あちら?」
「うん、あちら。僕らは『他の星』と呼んでいるのだけれど、宗教によって呼び名は違うんだよね。ある者は『楽園』って呼ぶし、ある者は『極楽』と呼ぶ。一番使われるのが『天国』かな。まあ、呼び名はどうであれ行く場所は同じなんだよね」
僕は少し考えてから聞いた。
「楽園も天国も極楽も全部ポジティブなイメージですよね。本当のところはどうなんだろう」
お茶を飲みほした三沢さんが口を開いた。
「ある意味正しい表現だと思うよ。私は行ったことは無いから聞いた話になっちゃうけれど、あのじいさんが言うには『感情の無い世界』なんだってさ。それって喜怒哀楽を感じないってことだろ? この国で言うところの『無の境地』だよね」
まだ両親が生きていた頃、北陸の山にある禅寺に連れて行ってもらった時に見た、座禅を組む修行僧の姿を思い浮かべた。
そこで見た雲水と呼ばれる人たちの、浮世離れした荘厳な姿が、まだ幼かった僕の心に何かを残したのは確かだ。
「なるほど。あの人たちは、生きたままその境地を求めて修行をしてるのか」
僕の唐突な言葉に二人は顔を見合わせている。
古村さんが口を開いた。
「見たことがあるの? それは日本で? ってことは雲水とか?」
「ええ、母の故郷にある大きな禅寺に連れて行ってもらったことを思い出しましたよ。そこで見た修行僧の顔が、なんと言えばいいのかな……人であって人では無いような雰囲気? そんな印象だったなぁって。小学校に上がったばかりの頃の話ですが、今でもはっきり思い出せます」
「なるほどね。その年でそれほどのインパクトを受けることができたってことは、聡志の魂格も相当高いのだろうな。もしかすると、毎朝お前を拝めば良い事があるかな」
古村さんがアホらしい冗談を飛ばしながら立ち上がり話を変えた。
「そういえばさ、聡志が最初に助けた男の子のこと覚えてる?」
「海の家でバイトしてた時の迷子ですか? 顔とかはもう忘れちゃいましたね……そういえばそんなこともありましたね」
「うん、芳樹って子だよ。あの子さぁ、もう戻ってきたよ。生まれ変わってね」
僕は目を丸くした。
「戻ってきた? 生まれ変わる?」
「うん、魂っていうのは一定数しかないんだよ。増えもしないし、減りもしない。その数の中で生まれ変わりを繰り返してるんだ。聡志は『輪廻』って聞いたことない?」
「輪廻? 魂って使いまわしてるってこと? へぇ……知らなかった」
「使いまわし……表現は乱暴だが、まあそういうことだ。生き物が産み出しているのは『魂の器』なんだよ。これは人間でも俺たち狐でも同じ。もっと言えば蚯蚓でも蚊でも犬でも熊でも同じだ」
僕は素直に浮かんだ疑問を口にした。
「人の魂が犬に生まれかわることもあるってことですか?」
今度は三沢さんが答えた。
「あのじいさんの話では、人の魂は人にしかならないらしいよ。犬はずっと犬だし、蚊は何度生まれ変わっても蚊なんだそうだ」
「そうなんだ……じゃああの子はまた人なんですね。お母さんと会えたのかな」
「いや、生まれかわる体は選べないらしいよ、国も性別も運命もね。まあ浄化したときに記憶も無くなるから問題ないさ。ものすごく低い確率だけれど、たとえどこかで遭遇したり、またあの夫婦の子供に生まれたとしても互いに認識はできないんだ」
「なるほど、なんだかそれを聞いて安心しました」
そうか、魂の数って増えも減りもしないんだ……ということは、この地球で絶滅していく種族がいるってことは、入る準備をしている魂があっても、器が生まれないから入ることができないってことだよね? きっと。
「絶滅しちゃった種族の魂ってどうなるのですか?」
「知らない。今度の修行の時にじいさんに聞いてみろよ」
この二人でも知らないことがあるということに少し驚いてしまった。
それを口にすると、二人は肩を竦めて苦笑いを浮かべている。
「当たり前だろ。俺たちはただの狐だぜ? でもなぁ、あの時お前に助けてもらえたから、今がある。そして救える魂がある。まあそういうこと」
照れくさそうにそう言った古村さんの頬が少しだけ赤かった。
それを見てニヤッと笑った三沢さんが言う。
「聡志もさ、そろそろ自分の成人したイメージを持った方が良いんじゃないか? お父さんの若い頃の写真とかないの?」
「写真……どうなのかな。そういえば両親と住んでいた家ってどうなったんですか?」
三沢さんが古村さんを見る。
どうやらその辺りは彼の担当のようだ。
「もうないよ。っていうか、そもそも借家だったでしょ? 弟って人が金になりそうなものだけ持ちだしたけれど、後は放置されたままだったんだ。だから俺が行って解約手続きやらをした。入院中のおばあさんには無理だったからね。おばあさんの許可を得て、荷物はほとんど業者に引き取ってもらったけれど、確かいくつか写真を持って帰っておばあさんに渡した記憶がある。だから聡志もおばあさんの家で見てるんじゃないの?」
僕は懸命に記憶をたどったが、どうやら何も覚えていないみたいだ。
「記憶にないですね……写真立てですか? 置いていたとしたら箪笥の上か、仏壇の前かだと思うけれど、どうだったかな」
三沢さんが助け舟を出してくれた。
「お前の存在を認識していたから、目に入らないように仕舞い込んでいたのかもしれないよ。あのおばあさんはそういう人でしょ?」
うん、ばあちゃんはそういう気遣いができる人だった。
ふと浮かんだ疑問を口にする。
「そういえばお二人はなぜうちのばあちゃんを知っていたのですか?」
二人は一瞬だけ視線を交わらせた。




