第91話 奏の部屋
奏は部屋にドキドキしている涼に、ローテーブルの前にあるクッションを指差す。
「そこに座って」
「はい、分かりました」
「なんで敬語?」
「いえ、緊張してしまって」
「ふふ、普通にしてよ。こっちまで緊張しちゃうんだよ」
「わかった。普通にするな」
「うん」
「ここが奏の部屋かー」
「あんまり見られると恥ずかしいんだけど」
「でも、恥ずかしいものはないんじゃないか?」
机とベッドと本棚と低めのタンスがあり、タンスの上にはかわいい猫のぬいぐるみや、何か箱のようなものが置いてある。
ベッドにも猫のぬいぐるみが置いてあった。
全体的に、パステルカラーでかわいい感じの部屋だ。
「奏、猫好きなんだ……あー!」
「何? 猫は好きだけど、どうしたの叫び出して」
「猫に会わせてくれるって言ってたよな」
「ああ、お母さんが閉じ込めていたみたい」
「ああ、そうなんだ」
「落ち込まないで」
「まあ、いいよ。俺は所詮犬派」
「だから落ち込まないでよ」
「仕方ない。奏はぬいぐるみが好きなの? それとも猫だから持ってるの?」
「うーん、どっちもかな。他のぬいぐるみも欲しいけど、わざわざ買うのもね」
「そうなんだ。ところで、奏の部屋に誘ってくれたのは、俺を誘惑するため?」
「へっ? い、いや、そんなこと考えてないよ」
(そんなこと言われたから意識しちゃったじゃない! せっかく考えてなかったのに)
「本当かなー」
(もうやめてよ、そんな顔しないで、ドキドキしちゃう)
「ほ、本当だよ」
「当たり前だよな。たまには言ってみたかっただけ。これ以上言って嫌われたら嫌だから、やめとくね」
「き、嫌いにはならないよ」
「そう? ありがとう」
(なんで、涼君落ち着いているのかな? 私はこんななのに)
実のところ、涼もいっぱいいっぱいだった。
緊張の中、会話を切りたくないと思っていた涼は、普段なら言わないことを言ってみたが、激しく後悔をしていた。
(嫌われてないのかな。それならよかったけど)
奏がおずおずと話し始めた。
「あの、ね。朝に話した、膝枕……」
「ああ、膝枕すればいいの?」
「……うん」
「じゃあ、ベッドに座っていい?」
「うん」
「奏もそこに座って」
「うん」
「じゃあ、どうぞ」
「……」
「奏?」
(だめ、どうしよう。膝枕されること考えただけで、もう限界。やっぱり無理)
「……やっぱり、いい」
「そんなこと言わずにどうぞ」
涼が、奏の方に優しく手を回して倒していく。
奏の頭が涼の膝の上に乗る。
(きゃー、膝枕されちゃってる。この間されても平気だったのに、もう恥ずかしくて、ドキドキして、だめ)
「奏、すごい力入ってる。もしかして嫌だった? それならごめんね」
「う、ううん」
(嫌じゃないけど、ダメなの。でも言葉が出ない)
「でも、今日はやめといた方がいいかな」
「いや!」
思いの外、大きな拒絶の言葉が出たことに、涼は驚く。
「えっと、このままでいいってこと?」
「うん」
「じゃあ、このままでいるね」
「……頭撫でて」
言われた通り、頭を撫で始める涼。
(すごくいい。ドキドキおさまってきて、安心してきた)
「奏、どう?」
「うん、とてもいいよー」
「そう、それなら、そのまま寝てもいいよ」
「ダメだよ。もったいないでしょ」
「でも、眠りそうだけど」
「大丈夫。寝ないから。話しようね」
「うん、分かった」
2人は学校のことや同好会のこと猫のことなど話していたが、やはり奏は寝てしまった。
トントンと、ドアが叩かれる。
すぐ後に開かれた。
「かなでー、涼君はうちに帰らなきゃいけないんじゃ。あら、寝ちゃったのね」
「はい」
「それじゃあ、布団に入れちゃいましょうか」
「そうですね」
涼が、奏をそーっと下ろそうとすると、何か引っかかった。
見ると、奏が涼のズボンを掴んでいた。
「あら、ふふ、この子ったら」
「頭このまま押さえてますから、手を解けますか?」
「やってみるわね。……できたわ」
手が離れた奏を布団に入れる。
「涼君、下でお茶でも飲んでから帰らない?」
「あ、はい、それじゃあお願いします」
「じゃあ行きましょう」
リビングに降りると、ソファーに進が座っていた。
「じゃあ、涼君もソファーに座っておいて。今お茶入れるわね」
「ありがとうございます」
しばらく待つと、初音がお茶を3つ持ってきた。
「いただきます」
「涼君、娘たちがいつもありがとうね」
「こちらも楽しいのでいいですよ」
「そういえば、涼君のうちでバーベキューやってくれるの?」
「はい、うちに色々揃ってるので、進さんも初音さんもきていただけたら嬉しいです」
「それじゃあ、お邪魔させてもらうわ。ね、進さん」
「ああ、よろしく頼むよ。毎年、大山家の人とバーベキューやってたんだけどね、今年はできないからどうしようかと思っていたんだよ」
「作ったばかりの同好会の人も来るんですが、いいですか?」
「賑やかになっていいじゃないか」
「そうね。まどかちゃんも来るんでしょ」
「はい、来る予定ですね」
「楽しみだわ」
「僕も楽しみです」
「あの子達ね、涼君と交流が始まってから、楽しそうでね。天音なんて、部活の後はなかなか勉強できないのに、涼君のうちでやってくるんだから、助かってるわ」
「まあ、うちでできる時間は限られてますけどね」
「毎日やるってことが重要だから、いいのよ」
「そうですね」
「それに、奏も見違えるほど明るくなってね」
「でも、奏って元々明るかったですよね」
「こう言ってはなんだけど、賢治くんと付き合ってた時は、間違いなく賢治くんのことが好きになっていたはずなんだけど、暗い顔をすることが多かったの。知ってると思うけど、志望校も賢治くんに合わせて変えたりしていたから、他にも自分を押さえていたことがあったと思うのよね」
「ああ、そう言うことですか。確かに奏は自分を押さえている部分は多かったみたいですね」
「そうなの。でも今はなんの屈託もない感じでね。あ、少し悩んでる顔もするけど」
「え? 悩んでるんですか?」
「ごめんなさい。これを言うと野暮だから、涼君には言えないわ」
「そ、そうなんですか。でも、俺に何かできることだったら言ってくださいね」
「多分、涼君にしかできないことだけど、それでも私が言うことではないのよ」
「そうなんですか。いつか聞ければいいですが」
「本当にいい子ね。涼君」
「ありがとうございます」
「変に謙遜しないのもいいわ」
「ああ、親に称賛は素直に受けておけって言われていたので。まあ、照れちゃって素直に受けられないこともありますけどね」
そう言って、涼は「あはは」と笑う。それをみて、進も初音も笑って、和やかな時間を過ごした。
お茶を飲み終わったら、涼は進と初音に挨拶をして、帰った。
楽しい時間を過ごせた涼は、自転車を漕ぐ足にも自然に力が入るのだった。




