第9話 翌朝の学校
時間は戻り、奏がナンパにあう数十分前、賢治は学校近くの公園に来ていた。
5月の終わりなので、まだ暗くはなっていないが、遅い時間なので、あまり人気は無くなっていた。
あるベンチに近づくと少女が座っていた。
奏ほどではないが十分美少女と言える少女はボブカットの髪を揺らして、賢治に振り向いた。
「お待たせ、瑠美」
「ううん、あまり待ってないよ。さっきは行くところがあるって言ってたけど、どこに行ってたの?」
「ああ、奏に別れようって言ってきたんだ。そこのファミレスで」
「そうなの。栗山さんはなんて」
「了承してくれたよ。今まで通りの幼馴染に戻ってくれって頼んだから」
「それで納得してくれたの?」
「うん、納得してくれたよ。付き合う前の通りになるだけだから」
(栗山さん、それで納得できるのかな。私だったら、元の幼馴染に戻るのは辛そうだけど)
「まあ、これで俺たち普通に付き合えるから良かったな」
「賢治くん辛くない?」
「え? なんで」
「なんでって、幼馴染と付き合ってたのに別れたからさ」
「え、そんなことないよ。幼馴染に戻るだけだし、あまり変わらないよ」
(そんなことないと思うけど……)
「さ、行こうぜ。さっきケーキは食ったけど、腹減ったから何か食って行きたいと思ったら、家に財布を忘れてきたんだ。だから早く帰ろうぜ」
「え、さっきファミレスでケーキ食べたんだよね。お金はどうしたの」
「そりゃもちろん、奏に奢ってもらったよ」
「え、別れ話した相手に奢ってもらったの?」
「うん、そうだけど、何かおかしかった?」
「おかしいっていうか……栗山さんがいいっていうならいいのかなぁ」
「いいだろ。奏に感謝だ。じゃあ行こうぜ」
「う、うん」
(別れる相手にいろいろ配慮していないっていうか、冷たいっていうか。幼馴染って、それが普通なのかな? それとも賢治くんが変わってるのかな。うーん、分からないや)
瑠美は一抹の不安を感じるのだった。
翌日の学校は、奏と賢治が別れたという話題で持ちきりだった。
なにしろ奏は人気があった。
学校でもトップクラスの美人だが、今までは賢治が付き合っていたから告白をするものは多くなかったが(それでも何人かは告白して玉砕していた)それがフリーになったのだ。話題の中心になるのは自明の理だった。
「栗山さん別れたんだってな。俺狙っちゃおうかな。モロ好みなんだ」
「お前じゃ無理だろ」
「でも、前の彼氏の大山だっけ。イケメンだけどすごいってわけじゃないだろ。
だったら俺でもいけんじゃないか?」
至る所でこんな会話が起きていた。
その噂話の合間を縫って、涼は自分のクラスに向かう。
(栗山さん、すごい噂になってる。やっぱ人気あるんだな。
そりゃそうか、あんなに美人なんだから。それにしても栗山さん大丈夫かな。
昨日は最後は落ち着いて見えたけど、ちゃんと眠れたかな)
涼は教室に入り、自分の机の横にバッグをかける。
教室を見回すと、女子に囲まれ色々聞かれて、困った顔をする奏がいた。
(よし、せっかく友達になったんだから、挨拶くらいしておくか)
涼は奏を取り巻いている輪に近づいていく。
すると、取り巻いている人たちは怪訝な顔になる。が、涼は気にしないで奏に近いた。
「栗山さん、おはよう」
一瞬静まり返ったが、涼は気にしない。
笑顔で、奏を見つめる。と、言っても涼の今の見た目は髪の毛は伸び放題でセットをしているわけでもない。
さらに大きめの眼鏡をかけているため、笑顔かどうかちょっとわかりにくい。
「あいつ、身の程知らずだよな。栗山さんに話しかけるなんて」
「別れたって噂があるから、今だったら自分も相手してもらえるとか思ったかな」
「って、いうかあいつ誰?」
聞こえるように言われているが、こう言われるのは最初から予想はしていた。
そんな事はどうでもいい。肝心なのは奏の気持ちなのだ。
奏は涼の方をゆっくりと向くと、笑顔になった。
「おはよう、羽山君」
「うん、昨日は眠れた?」
「ふふ、ちょっと寝不足かも」
「そっか、無理しないでね」
「うん、ありがとう。気にしてくれて」
「じゃあ、またあとでね」
「うん、分かった」
羽山が自分の席に戻っていくまで、周りは唖然としていた。
すると、奏の中学からの親友の古賀まどかが声を上げる。
「か、奏、あの人と今まで話してたっけ?」
「ん? 羽山君? 私たち友達なんだよ」
「そ、そうだったの? あ、羽山くんっていうんだね」
「そう、羽山涼くんっていうんだよ」
すると、女子の囲みを破って男子生徒が割り込んでくる。
「栗山さん、俺とも友達になって、仲良くしてもらいたいな」
「え、今は男子の友達はちょっと……」
「え、あんな奴が友達なのに俺はダメなの」
「あんな奴じゃなくて羽山君だよ。私の友達をあんな奴扱いしないでくれる?」
「い、いや。それは」
男子生徒が言葉に詰まっていると、まどかが間に入ってくる。
「ほら佐竹、人を悪くいっても奏は友達になってくれないよ。もう戻りなさい」
「う、分かった」
スゴスゴと佐竹と呼ばれた生徒はさっていく。その時涼を睨んでいた。
(睨むのは悪口言われた俺の方だと思うけど……)
予鈴がなって皆席に着く。
名前の順で奏の後ろの席になっているまどかは再び奏に声をかける。
「昨日は大変だったみたいね」
「そうだね。色々大変だったの」
「大丈夫?」
「うん、なんとか」
「昼休みにでも、話だけでも聞くよ」
「うん、ありがとうまどか」
そこで、担任の笠井麻里先生が入ってきた。
「よーし、始めるぞ」
奏は前を向く前に一瞬涼の方を向き、わずかに口元を緩めた。