第88話 餃子デート
その週の土曜日早朝。
涼と奏はランニングを済ませて、自宅に帰ってきた。
涼がスポーツドリンクを渡しながら、奏に言う。
「悪いな、奏。出かける日なのに、ランニングに付き合わせちゃって」
「ううん、いいの。涼君の久しぶりの運動だからね。ちょっと注意してみたかったし」
「はは、ありがとうな」
涼は自然に奏の頭を撫でる。
「な、何してんの、涼君?」
「え? あれ、まずかったっけ? 撫でちゃ」
「不味くないけど、不意打ちだったし、ドキドキしちゃうし、それに汗もかいてるんだよ」
「汗ならいいよ。俺もかいてるし、奏の汗は汚いと思わないよ」
「……変態」
「ご、ごめん、キモかったか」
「キモくないよ、そんなこと思わなくていいよ」
「そうか、よかった。今日の運動はここまでだから、シャワー浴びてきちゃいなよ」
「うん、借りるね」
「気にしないで使って」
今日は、涼の投資物件を視察しに行く日だったのだが、早朝にランニングに行くことを話したら、奏も付き合うと言うことになって、今走ってきたところだ。
「さて、奏が出るまで、ストレッチでもしておくかな」
この1週間、何もやっていなかったから、やはり体は動きにくくなっている。
これは、毎日体を動かしていたからこそわかるくらいの差なのだが、一度サボると、面倒になってやらなくなりそうで怖い。
これからも体は動かそうと思った。
大体のところを伸ばし終えた頃に奏がシャワーを出てきた。
「あ、涼君、私も一緒にストレッチしたかった」
「そうか、ごめんな。俺がシャワー浴びてる間にやってて」
「ううん、朝ごはん作るから」
「そうか、悪いね。」
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」
涼はシャワールームに行って、まずシャワーで体を湿らせる。
体を石鹸で洗い、頭もシャンプーで一気に洗ってしまう。
ぬるめに設定したシャワーを浴びると、とても気持ちがいい。
思えば、奏がここでシャワーを使ったり、風呂に入るのも慣れたものだと思った。
最初の頃は、美人の奏が裸になって浴びていると思っただけで、ドキドキしたものだが、今では自然なことになっている。
それだけ、気安い関係になっているのだろう。
嬉しいことだと思う。
ふと思う。
この関係は普通のことなのだろうか?
早朝、ランニングを一緒にして、それぞれシャワーを浴びて、朝食を作ってもらい一緒に食べる。
理由があったとはいえ、一緒の布団に入って抱き合ったりもした。
「どう考えても、同棲中の男女みたいだよな」
しかし、この関係は心地いい。
出来れば、このままもうしばらくは続いてほしいと思う。
欲を言うなら、ずっと続いてほしい。
「大山のことがあるから、俺から動くのは避けた方がいいよな」
この関係を壊したくないと涼は切実に思った。
奏が作った朝食を食べている途中。
「そういえば、今日はどこまで行くの?」
「餃子が有名な街だよ。帰りに餃子を食べ歩こう」
「餃子好き。嬉しいな。餃子デートだね」
「にんにくデートか」
「きゃー、やめて。そう言うこと言うのは」
「ああ、ごめんな」
「もう、女の子にそう言うデリカシーのないこと言わないでよね。食べられなくなっちゃうでしょ」
「それは確かにそうだ。気をつけるよ」
「よろしい。まあ、餃子一皿奢ってくれたらもっといいです」
「ん? 今日は俺の用事だから、全部俺が出すよ。電車代も全部」
「それは悪いよ」
「いいって。俺の分は会社から旅費が出るからね」
「そうなの?」
「うん、社長だから、日当も結構出るんだよ」
「そうなんだ」
「だから余裕です!」
「ふふ、じゃあお願いしちゃおうかな」
「それじゃあ、奏はここに財布を置いていこう」
「それじゃあ、あまりにもひどい女みたいだからやだ」
「そうか、まあ好きにしてよ」
それから、2人は電車に乗った。
普通電車のグリーン席だ。
「すごい、普通電車のグリーン車って初めて」
「結構快適なんだよ。長旅ってほどじゃないけど、やっぱり疲れにくくていいよ」
「本当、快適だねー」
しばらく2人は学校のことや勉強のことなどを話した。
それから、奏が黙って妙な間ができた。
「奏、どうしたの?」
「あ、えとね。涼君、この間、気になる人いるって言ってたじゃない?」
「ああ、昨日まどかにも聞かれたけど」
「うん、私もまどかから聞いたけど、本当は気になる人いなかったの?」
「ああ、いないよ」
(まさか、奏のこととは流石にいえない)
「そうなんだ。じゃあ、さ、あの時なんで、気になる人がいるって言ったの?」
(やっぱ、そこ追求されるか。まどかはなんとか誤魔化したけど……)
「ごめん、なんとなく見栄を張ったと言うかさ」
「そうなの?」
(やっぱ納得しないよなー。でも、それで通すしかない)
「ああ、そこまで真剣に言ってなかったから」
「もう、ひどいよ。こっちは本当にいると思ったんだからね。もう、涼君ちに行かない方がいいかとも思ったんだから」
「悪かった。軽率だったよ」
「もう、やめてよね」
「ああ、分かった」
「あと、さ、もし、好きな人とかできたら言ってね。私が涼君のうちに入り浸ってたら、勘違いされちゃうから」
「それはないと思うよ」
「絶対とは言えないでしょ」
「ああ、そうだな。その時は言うよ」
(今のところ、奏以上にお近づきになりたい人はいないけどな)
そうこう言ってるうちに、目的の駅に着いた。
「物件に行くの?」
「いや、まず管理会社からかな。挨拶はしておきたいんだ」
「ふーん、向こうから来るわけじゃないんだね」
「遠方だからな。それに俺若いから、ちゃんと交流しないと、足元見られちゃうかもだから、念の為」
「えらいね」
「まあ、ビジネスだからね」
管理会社に行き、あいさつと管理状況を聞いた後、物件に向かった。
中に入るわけではないので、外観だけだがきちんと使われているようだった。
「綺麗なアパートだったね。何部屋くらいあったの?」
「16部屋だよ。全室埋まってるんだ」
「へー、じゃあ儲かってるんだね」
「そうだね。儲かってるよ」
「ふふ」
「何?」
「涼君は大人だなーって思ってね」
「ほとんど管理会社がやってくれてるし、俺はそれを確認するだけだよ」
「それでもだよ。責任は自分にあるんでしょ」
「それはそうだね」
「もう責任を負ってる高校生もそんなに多くないと思うよ」
「そうかもね」
「だから、すごい頼もしくて素敵だなーって思ったの」
「そうか」
「今日はついてきてよかった。涼君の違う面が見れて嬉しかったよ。ありがとうね」
「どういたしまして。って言うか改めて言われると照れ臭いな」
「私も照れ臭かった」
「ははは」
「ふふふ」
「さ、それじゃあ餃子デートでもしますか」
「うん!」
それから、2人は餃子屋さん巡りをして帰りの電車に乗った。
「ふう、もう食べられないよ」
「いろんな餃子があるもんだな」
「うん、水餃子ってお湯に入ってるんだね。ネギも入っていたしスープかと思って飲んだらお湯でびっくりしたよ」
「ああ、俺もそう。びっくりしたけどさ、奏見たら、飲んだまま固まってたから、ああ奏も驚いてるなって思った」
「もう、恥ずかしいよ。後、ほとんど餃子しかメニューにないお店も面白かったね」
「ビールはあるんだけどな」
「うん、餃子にビールって本当に合うのかな」
「どうだろうな。お父さんは美味しそうにしてたけど」
「うちのお父さんもそうだよ。ビールなんて苦いだけなのにね」
「でも、そのうちうまくなるらしいぞ」
「そうなのかなー。だったらさ、私たちが飲めるようになったら、またあの餃子のお店行かない?」
「ああ、いいね。4年ちょっとなんてあっという間だな」
(それまで、いっしょにいてくれるのかな?)
「そうだね。4年ちょっとか。涼君って誕生日いつ?」
「俺は7月15日。奏は」
「私は9月16日っていうか、涼君誕生日もうすぐじゃない。なんで言わないの」
「いや、あえて言うのも催促しているみたいで」
「水臭いこと言わないでよ。過ぎちゃってたら、こっちが悔やんじゃうでしょ」
「ああ、ごめんな」
「えっと、テスト後の平日だね。その日は空けといてね」
「分かった」
「まどかと天音にも言っとかないと」
「まどかと天音はいつなんだ?」
「まどかの誕生日は4月26日、終わっちゃったんだよね。天音は10月17日」
「そっか、まどかは来年になっちゃうけど、奏と天音は祝えるな」
「祝ってくれるの?」
「祝ってもらって祝わないって、それはないだろ」
「ふふ、そっか」
「まあ、そうじゃなくても祝いたいけどな。奏も天音もまどかも」
「ありがとう。でも、私だけで止めといてくれた方が、ポイント高かったな」
「確かに」
「まあ、涼君のそう言うところ……」
(あ、好きだよって言ったら誤解されちゃうよ。いや誤解じゃないんだけど)
「? どうした、奏」
「……なんでもない」
「そうなのか?」
「涼君のばか!」
「え? なんで?」
「知らない!」
「えー、ちょっと、奏さーん?」
奏の突然の照れ隠しに、涼は戸惑うのだった。
すっかり暗くなった外の景色を見ながら、奏は思う。
(本当に今日は涼君と一日一緒で楽しかったな。
それに、1日中ドキドキはしたけど、挙動不審にはならなかったよね。
自然にいられたはず。心地よかった。幸せだったな)




