第84話 奏の怒り
その夜、奏はベッドに寝転んでまどかと通話していた。
「あんまり学校で、涼君と話せないね」
『お昼休みに話してるじゃない』
「普通の休み時間にも話したいよ」
『我儘だな。て、いうか涼君のこともう好きだよね。そんなに涼君涼君言っちゃって』
「うーん、そう言うけど」
『ああ、何よ。はっきりしないな。私から言わせると、朝一緒に学校行って、お弁当も作ってあげて、帰りも一緒で、挙げ句の果てに一緒に同好会まで立ち上げて、これのどこが付き合ってないの?』
「でもね」
『でもね、じゃない。それに涼君も涼君だよ。奏が、大山君と付き合ってたのは知ってるからって、気を使いすぎだよ』
まどかは業を煮やしていた。
まだ続きそうなので、奏は懸念していることを言ってみた。
「あ、あのね。涼君、気になる人いるみたい」
『え? 嘘、誰?』
「それは私もわからないんだけど、涼君の席に集まってきている人のうちの誰か」
『え? どういうこと』
奏は放課後の涼との会話を話した。
『そう、なんだ』
「うん」
まどかの語気が急に荒くなった。
『もう、だから早くしなっていったじゃない。奏がいるから私は……もう』
奏は、びっくりして、まどかを宥めた。
「え? まどか落ち着いて」
まどかは自分が失言しかけていたことに焦った。
『ああ、ごめん。ちょっとびっくりしちゃった』
「ううん、いいよ。でも、私がいるからまどかはってどういうこと?」
『ううん、なんでもないの』
「そう」
『とりあえず、その女の子が気になるってだけで、好きってわけじゃないかもしれないから、様子見するしかないね』
「うん」
『何かわかったらすぐ教えてね。私もすぐに話すから』
「わかった、ありがとう」
『それじゃあね。おやすみ』
「おやすみ、まどか」
涼の知らないところで、涼に気になる人がいることになっていた。
へたれてしまった涼の自業自得だが。
次の日の昼休み。
奏がまどかと弁当を持って、涼の席に行こうとすると、急に声をかけられた。
「奏!」
「……大山君」
「また、大山なんて他人行儀じゃないか。賢治って呼べよ」
「もう呼ばないって言ってるよ」
「まあ、今はいいや。ちょっと来てくれ」
「これから、お弁当なんだけど」
「少しくらいいいだろ。ちょっと来てくれよ」
「どこにいくの?」
「校舎裏でどうだ」
「いやよ、人気のないところなんて」
「なんでだよ。じゃあ、渡り廊下で」
「そこなら、まあいいかな」
「じゃあ、行こう」
「ちょっと待って」
「なんだ?」
奏はいっしょにいたまどかに声をかける。
「まどか、涼君と一緒に渡り廊下の入り口のところで待っててもらっていいかな」
「分かった」
「なんで、他のやつを呼ぶんだよ。それに羽山かよ」
「なんでもよ。そうじゃなかったら行かないから」
「分かったよ」
(くそ、奏のやつ、俺の言うこと聞かないなんて)
奏と賢治は渡り廊下に向かったが、その間一言も口を聞かなかった。
「それで、話って何?」
「奏、うちと行くはずだったバーベキューキャンプ、行かなくなったらしいな」
「それはそうでしょ。恋人じゃなくなったんだから」
「家族ぐるみの付き合いなんだからいいだろ」
「どんな顔していけばいいの? それに天音も嫌がってるわ」
「天音には奏から言っといてくれよ」
「いやよ。あの子だって、大山君に思うところがあるんだから」
「思うところってなんだよ」
「それは、自分で考えるべきじゃない?」
「クソ」
「じゃあ、もういいかな」
「待ってくれ、天音を誘いたいんだよ」
「誘いなんて受けないと思うけど、一応聞いておくよ」
「なんでそんな態度なんだよ」
「もういいなら帰るけど」
「分かったよ。テスト勉強を一緒にしよう」
「テスト勉強?」
「そう、中学の時は一緒にやってたろ。
中間の時に一緒にやらなかったら、成績があまり良くなかったから、一緒にやれば効率も上がるだろ。
俺は特に数学と英語だな」
明らかに教わりたいはずなのに、お願いではなく、あくまでお誘いをしてくる賢治に奏は呆れた顔になる。
「一緒にやろうって言ってるけど、教わりたいだけなんじゃないの? なんでそう言えないの?」
「なんだよ、奏は俺の言うことを素直に聞いていたじゃないか」
(奏は俺の言うことを聞いてないとダメなんだよ)
「もう恋人じゃないって言ってるじゃない」
「だから、それでも幼馴染だろ。今度一緒にどっか出掛けてやるから」
「出掛けなくていいけど」
「どうしてだよ。色々一緒に行こうって言ってたじゃないか」
(奏は黙ってついてきてればいいんだよ)
「もう状況が変わったの。私は大山君とどこかに行きたいと思わないよ」
「じゃあ、誰となら行くんだよ」
「別にどうでもいいでしょ」
「羽山か? 羽山ならいいのか?」
「涼君なら出掛けたいよ。それは」
「ふざけんなよ、あいつのせいで俺は」
「それより、涼君に謝ってくれない?」
「何をだよ」
「球技大会でのことよ。忘れたとは言わせないよ」
「あれは、羽山が俺の邪魔ばかりするから」
「スポーツだよ。邪魔するのは当然でしょ」
「それだけじゃない。お前たち姉妹だって誑かしてる」
「変なこと言わないで。私たちは別に涼君にたぶらかされてないよ。それに、私は球技大会のことを謝ってと言ってるの。他のことは関係ないよ」
「でも、あれは羽山が大袈裟に倒れただけだろ。あいつのせいで、俺はクラスの女子にも白い目で見られてるし、バスケでもベンチを外されたんだぞ。いい迷惑だ」
「あの状況で、よくそんなこと言えるね。脳震盪を起こすってことが大袈裟だっていうの!
本当に怖かったんだよ。後頭部をぶつけたら死んじゃってもおかしくないんだよ」
気付かぬうちに、奏の目からは涙が溢れていた。
奏は、一向に悪いと言う気配も見せない賢治に対し、怒りが頂点に達した。
「あなた、なんなの? あれだけのことしておいて、何言ってるの?」
怒りは収まらない。それどころか、怒りが次から次へと込み上げてくる。
奏は、賢治の胸ぐらを掴み賢治を揺する。
「私にとって涼君は大切なんだ! よくも、涼君を傷つけてくれたな! 謝ることもしない? 涼君が悪い? 大袈裟? どうかしてる! 許せない! 許せない! 私がどんな思いでいたかもわからないくせに幼馴染ヅラすんな!」
涙が止まらなかった。怒りの感情にも支配されていた。どうにも止めようがなかった。
賢治は奏の変わりように呆気に取られている。
奏はほとんど絶叫していた。
「いつもいつも、自分優先で、人にばかり押し付けて。自分だけは得をしようとして。自分で振ってきといて、いまさら近づいてくるな! 二股野郎! 涼君にかかわってくるな。涼君が私を支えてくれたんだ! その涼君を傷つけるなんて私が許さない!」
まだ、賢治の胸ぐらを締め上げている奏の肩に優しく手が置かれる。
「奏」
振り返ると、涼が優しく微笑んでいた。
「涼君!」
奏は涼の胸に飛び込んで泣いた。
涼は奏の背中に手を回して、優しくさすった。
「ありがとうな、奏。俺のために怒ってくれて」
「……」
賢治が手を伸ばして奏に声をかけようとした。
その間に、まどかが入り込み、賢治を睨んだ。
「今日のところは引いてくれない?」
周りには、騒ぎを聞きつけて多くのギャラリーがいた。
「あ、ああ」
バツの悪そうな顔をして、賢治は元来た道を帰っていった。
すっかりおとなしくなったが奏はなかなか顔を上げない。
そんな奏に涼は声をかける。
「奏、もう大丈夫かな?」
「……もう少しこのままで」
(私、取り乱しちゃって恥ずかしい。顔を上げられないよぉ)
「じゃあ、そのまま聞いて奏」
「……うん」
「さっきは言ってくれてありがとうな。あそこまで思ってくれてて、本当に嬉しかったよ」
「……」
「それと、大山からの謝罪はもう無理にさせなくていいや」
それを聞いた奏が顔を上げる
「でもっ!」
「やっと、顔を上げてくれた」
にっこりと涼が笑うと、奏は顔を赤くして俯いてしまう。
「奏、大山に謝らせようとすることで、奏に嫌な思いをさせるなんて俺は嫌なんだ。
奏には笑顔でいてほしいからさ」
奏が力無く言う。
「……また、口説いてる」
「はは、そうかもね。奏が怒ったり悲しい思いをしないで笑顔でいてくれるように口説いてるんだよ」
「もう、ずるいよ」
「はは、もう大丈夫かな? お昼食べに行かないとね」
奏は赤い目をしながら満面の笑みで言う。
「うん、お腹すいた。行こう。涼君」
「ああ、行こう奏」
2人で顔を合わせると、奏が硬直した。
涼の顔をじっと見つめている。
次第に真っ赤な顔になってくる。
それでも見つめ合う2人。
「あのー、私もいるんですよね」
まどかが声をかけると、奏が音がしそうな勢いで、視線を外した。




