表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/131

第8話 慰め合い同盟

「私が、泣いていたのは振られたからなの」

「誰と付き合っていたか聞いても?」

「いいわよ。みんな知ってるし。彼は大山賢治、1年2組の人よ」

(隣のクラスか。他人に興味がなかったから、合同授業で会ってるはずなのに覚えてないな)


 涼や奏のいる1組の隣のクラスだから会ったことがあるはずだが、覚えていない自分に呆れる。


「ごめん、周りを全くみていなかったみたいで、全然分からない」

「いいわよ、それどころじゃなかったんだから。

それじゃあ、ちょっと長くなるかもだけど、聞いてもらっていい?」

「もちろん」


 それから奏は、幼稚園からの付き合いということ、中学2年で告白されたこと、最初は断っていたが中学3年の時に押し切られる形で付き合ったこと、付き合い始めは弟のようにしか見れなかったのだが好きになろうとしているうちに本気で好きになっていたこと、今はなんでもやってあげたいと思っていたこと、賢治に言われて部活にも入らなかったこと、ハグまではしているけどキスはしたことがないが決して嫌ではなくて機会があればしてもいいと思っていたこと、賢治は二股をしていたこと、それが4組の稲田瑠美という生徒ということ、などを話した。


「と、いう感じで振られたの」


 話し終えて、奏は冷めた紅茶を一口飲む。

話している間、相槌以外一言も喋らなかった涼が話す。


「辛かったな。」

「辛くなかったって言ったら嘘になるわ。いえ、やっぱり今思い出しても涙が出てきちゃう」


 話している間は我慢していたのだろう、奏が静かに泣き始めた。

涼は、それをみて黙ってハンカチを出して渡す。


「ありがとう」

「まだ辛いんだから俺のことは気にしないでいいよ」

「あり……」


 ありがとうの言葉も最後まで言えなかった。

涼は泣き止むまで静かになっていた。

しばらく泣いていた奏は涙を拭いて顔を上げる


「待っていてくれてありがとう。もう大丈夫」

「大したことじゃないよ」

「私にとっては嬉しかったよ。だからありがとう」

「じゃあ、どういたしまして」


 そうやり取りすると、二人は目を合わせて笑い合う。


「それで、彼とは幼馴染の関係に戻るの?」

「うーん、どうかな。今はまだ好きだからそばにいれればって気持ちが強いんだけど、ちょっと賢治にとって都合のいい女な感じがするんだ」

「それはあるかもね」

「あー、私、こんなに未練タラタラな女になるなんて、想像もしてなかった」

「今はまだ仕方ないよ。今日いきなり聞かされたことなんだから」

「そうね、もう少し時間をかけて考えてみるよ。とりあえず、お弁当を作るのと朝迎えに行くのはやめてみる」

「それはそうだね」


 区切りがついたところで奏が話を変える。


「羽山君はどうするの?」

「どうするって何を?」

「はっきり言って羽山君って隠れイケメンだよね。今までのままだともったいないと思うよ」

「あー。イケメンかは分からないけど、今までは周りを見る余裕なかったし、自分の格好に気を配ることができなかったけど、これからは前向きに変えていこうと思う」

「そうしなよ。絶対そのほうがいいよ」

「あ、でも急に変えんのも疲れるから少しずつね」

「うん、無理はしないでね」

「でもまずはぼっちを解消しないとな。一人くらいは話せる人作らないと」

「そんなことだったら私がいるから大丈夫よ。もうぼっちじゃない」

「え、いいの。でも栗山さんみたいな美人で可愛い人とぼっちがいきなり話すと驚かれるんじゃない?」

「美人で可愛いって、羽山君もお世辞言うのね」

「いや、その、お世辞じゃないけど……やっぱ恥ずかしいね」

「うん」

 

 二人で頬を赤くして顔を逸らす。


「そ、それは置いといて、私は羽山君と話したいよ」

「変な噂たっても知らないよ」

「噂ぐらいいいよ」

「彼が勘違いしちゃってもいいの」

「私は振られてるんだよ。でも気持ちはワンチャンあるかもとか思ってるけど、うーん、でもやきもち焼いて戻ってくれたりとか……ああ、もう未練たらたらだー」

「未練があるのは仕方ないって。じゃあ、学校でもよろしくね」

「うん」


 二人で頷き合う

奏が思いついたと言う顔をして話し始める。


「ねえ、羽山君また私の話を聞いてくれる?」

「もちろん、いいよ」

「じゃあさ、思いついたんだけど二人で同盟を結ぼうよ」

「同盟?」

「うん、私はまだ振られて傷が癒えていないから、傷を癒すための愚痴。

羽山君はこれから前向きに進んでいくために、辛いことが出てくるかもしれないから、そう言ったことの愚痴。

それを放課後とか会って言い合う同盟って感じ」

「いいね、それ。ぜひお願いしたいよ」

「決まりだね。じゃあ同盟の名前は……慰め合い同盟」

「そのまんまだね」

「こう言うのはわかりやすい方がいいの」

「わかった、慰め合い同盟だね」


 涼がスマホを出しながら、提案する。


「じゃあ、WineのID教えて。その方が便利でしょ」

「お、羽山君。女の子との連絡先を自然に聞いてきちゃって、ぼっちって言うのは偽装かな?」

「う……、じゃあいい」

「冗談だって、私だって交換して欲しいよ。はいこれ」


お互いで笑いながらチャットアプリのIDを交換する。


「ねえ、私たち以外と気が合うよね」

「うん、そうだね。さすが同盟者」

「さすがだね」


時計を見ると、もう21時を回っていた。


「流石にもう帰らないと」

「送っていくよ」

「え、悪いよ」

「同盟相手に遠慮はいらないよ。むしろ遠慮される方が困る。悪い奴がいるんだから」

「それじゃ、お願いね」

「OK」


 会計する時に奏が財布を出そうとする。


「さっき、奢るって言ったでしょ」

「でも流石に高すぎて悪いよ」

「このくらい大丈夫だよ。それ以上言うなら同盟解消だよ」

「ふふ、じゃあ、仕方ないのでご馳走になります」

「はい、それでいいです」


 二人は店を出て、奏の家に向けて歩き出す。

「いやー、お腹いっぱい」

「どう、お腹いっぱいになって、嫌なこと少しは忘れられた?」

「効果覿面だよー」

「そう。それなら良かったよ」


しばらく二人の間は、心地の良い沈黙に包まれる。


「今日はありがとうね」

「気にしないで」

「学校終わって、賢治に振られて、泣きながら街を彷徨って、強引なナンパに連れ去られそうになって、羽山くんに助けられて、食事をご馳走になって、愚痴を聞いてもらって……色々あったな」

「うん、目まぐるしかったね」

「まだ振られたことが信じられない自分がいるけど」

「一人になった時に、色々辛くなるかもしれない。そんな時は俺にメッセージ送ってくれていいからね。通話でもいいよ」

「ありがとう、羽山君。っていうか、羽山君優しすぎない?」

「そう? でも、栗山さんはほっとけなかったからね」

「もう、そういうところだよ」

「まあ、なんにしてもさ、入学式の頃の栗山さんの笑顔がとても良かったから、それを取り戻すために協力するよ」

「っ! あ、あのさ、口説いてんの?」

「えっ、いや……く、口説いてねーよ!」

「そ、そうだよね」

「そうだよ」

「ふふふ」

「ははは」


 二人は赤い顔をしながら笑い合った。

涼は久しぶりに自分が笑っていることに気づいた。

(ああ、心から笑ったのっていつぶりだろ)


「私のうちそこだから」

「うん、じゃあね。また明日」

「うん、じゃあね。今日はありがとう」

「どういたしまして」


 奏は家に入っていく。それを確認してから涼は帰っていく。





「ただいまー」


 リビングから、奏の母である栗山初音が顔を出す。


「奏、おかえり。ご飯は」

「友達に奢ってもらっちゃった。もうお腹いっぱい。もう無理に注文させるんだもん」

「そうなの。楽しかったみたいで良かったわね」

(楽しかった……か、確かに楽しかったかも。もし、あのまま羽山君に会っていなかったら今頃どんな気持ちだったのかな。愚痴を聞いてもらったこととナンパも含めて羽山君に感謝だな)


 考え込んでいる奏を訝しがって、初音が声をかける。


「奏どうしたの?」

「ううん、なんでもない。お風呂に入るね」


(きっと、賢治に振られたとは、お母さん気づいていないだろうな)


 階段を登る奏は微笑んでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ